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第20話『肝の据わった女』

「分かった、あの二人って雛森さんの太客なんでしょ?だから、取られないように牽制しているんだ?」  『一人で利益を独占しようとするなんて、セコ〜』と非難し、風夏と呼ばれた女はこちらへ向き直った。 かと思えば、雛森の横を通り過ぎて真っ直ぐこちらへ向かってくる。 「ちょ、ちょっと待って!風夏ちゃん!本当にあの二人は……!」 「はいはい、そういう演技もういいですから〜。ちょっとお零れに与るだけなんで、許してくださいよ」  『奪いはしませんって』と言い、風夏と呼ばれた女は突き進んでくる。 ────と、ここで雛森が堪らず彼女の腕を掴んだ。 「あの二人は、桐生組の若頭とその補佐の方なの!だから、本当にやめてちょうだい!」  どこか懇願するような……でも、しっかり怒りを孕んだ声色で叫び、雛森は必死に引き止めた。 だが、しかし…… 「えっ!つまり、ウチのトップってことですか!なら、尚更仲良くなっておかないと!上手く行けば、借金チャラにしてくれるかもしれないし!」  風夏と呼ばれた女は全く止まる気配などなく、むしろ先程よりやる気になった。 『やった〜!ラッキー!』と連呼する彼女の前で、雛森は涙目になる。 俺達がどれほどヤバい人間なのか知っているため、全然話の通じない彼女に辟易しているようだ。 『何でそんなに能天気なの……』と言いたげな雛森を他所に、風夏と呼ばれた女は俺達の前へ躍り出た。 「どうも〜。初めまして、風夏って言います〜。良かったら、お話……」 「うるさいから、黙っていてくれる〜?」  真白は風夏と呼ばれた女に一瞥もくれずに、冷たく言い放った。 が、その程度のことでめげるような女ではなく…… 「え〜!酷いです〜!」  と、泣き真似をする。 命知らずとしか言いようがない蛮行へ走る彼女を前に、真白はニッコリと笑った。 かと思えば、近くにあったグラスを手に取る。  あの女、終わったな。  そう確信した瞬間、何かがぶつかる音と割れる音を耳にした。 と同時に、風夏と呼ばれた女は鼻を押さえて蹲る。 その足元には、彼女のものと思しき血と────割れたグラスがあった。 「い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!」  狂ったように泣き叫び、風夏と呼ばれた女は顔をぐちゃぐちゃにする。 鼻から、ボタボタと血を垂れ流しながら。 「も〜。だから、うるさいってば〜」  彼女にグラスを投げつけて負傷させた張本人である真白は、全く悪びれる様子もなく肩を竦める。 そして、二つ目のグラスに手を伸ばした瞬間────雛森が急いで風夏と呼ばれた女の腕を引っ張った。 「直ぐに下がらせます……!」  半ば無理やり風夏と呼ばれた女を立たせ、雛森は控え室へ連行していく。 有無を言わせぬ態度で。  肝の据わった女だな。普通はあんな風に動けない。  『極道の経営する店を任せられるだけある』と感心する中、雛森は戻ってきた。 かと思えば、床に額を擦りつける。 「ウチのキャストが、大変なご無礼を……誠に申し訳ございません」  『もっと早く強引な手段へ出るべきでした』と話し、雛森は陳謝した。 ────と、ここで真白が手に持ったグラスをテーブルへ置く。 「いいから、座って〜。いい加減、仕事の話に入りたいんだけど〜」  『あの女も居なくなって、静かになったことだし〜』と述べ、真白は向かい側の席を指さす。 すると、雛森は 「は、はい」  おずおずと言った様子で、首を縦に振った。 と同時に、立ち上がり、真白の指定した席へ腰を下ろす。 「それで、えっと仕事のお話というのは……?」  『ウチの店に何か不手際でもあったのか』と気にしつつ、雛森は本題を切り出した。 どことなく不安そうな素振りを見せる彼女の前で、俺は肘掛けへ寄り掛かる。 「そう身構えるな。いくつか聞きたいことが、あるだけだ」  『この店に不満がある訳じゃない』と主張し、俺は紺の瞳を真っ直ぐ見つめ返した。 「まず、桐生組の経営する|他《・》店舗で何か問題はなかったか教えてくれ」  ここではなく敢えて他所の事情を尋ねると、雛森は案の定困惑を示す。 が、直ぐにこちらの考えを理解したようだ。 こうやって全ての店舗に他所の事情を聞いて回れば、いずれここの評判や状況も把握出来る、と。  これが一番手っ取り早い方法だからな。 まあ、出入りの激しい夜の店じゃなきゃ出来ないことだが。 他店舗を庇って、嘘の証言に走る可能性があるため。 でも、そこまでするほどオーナー同士の絆が深まるのは極稀。 大抵は他者と交流を持つ余裕もなく粛々と業務をこなし、目標金額に達したらさっさとここを去るから。  『こんなところに長居なんて、したくないだろうし』と思いつつ、俺は雛森の返答を待つ。 ────と、ここで彼女が顔を上げた。 「どれも確証のない話ですが」  そう前置きした上で、雛森は他店舗の悪い噂やオーナーの金遣いについて詳しく説明。 思ったより、有益な情報を手に入れられた。  裏取りを取らないと何とも言えないが、場合によっては他店舗のオーナー三名解雇だな。 もうすぐ借金も完済だったというのに、馬鹿な真似を。 使い込みの金額にもよるが、これは最悪漁船行きになりそうだ。  『もしくは、臓器売買か』と内心肩を竦め、俺は雛森に追加の質問を投げ掛ける。 そして、彼女の返答を聞きながら組員にメールで連絡した。 情報の裏取りを頼む、と。 「聞きたいことは、大体これで全部だな」  スマホから視線を上げ、俺は質疑応答終了を告げる。 と同時に、席を立った。 長居は無用なので、さっさと立ち去ろうと思って。 『まだ他店舗の聞き込みもあるし』と思案する中、雛森が 「あ、あの……」  と、控えめに声を掛けてきた。 かと思えば、意を決したように立ち上がる。 「私からも一つよろしいでしょうか?」  震える指先を握り込み、毅然と振る舞う雛森は真っ直ぐこちらを見据えた。 恐怖や不安を胸の奥に押し込んで。  本当はさっさと帰ってほしいだろうに、わざわざ引き止めてくるということは余程重要な案件か。  『まあ、聞いてみる価値はありそうだな』と思い立ち、俺は立ったまま雛森を見つめる。 と同時に、 「なんだ」  話の先を促した。 すると、雛森は緊張した面持ちで口を開く。 「近頃、桐生組の人間……と名乗る方々が────金銭を支払わずに、お店で遊んでいます」  『おかげで、あちこちにツケが……』と零し、雛森は自身の頬に手を添えた。 「桐生組の経営するお店ではそのような暴挙に及んでなかったため、この場でお伝えするべきかどうか迷いましたが、念のためご報告を」  『もし、何か考えがあっての行動でしたら申し訳ありません』と謝罪し、雛森は頭を下げる。 失礼のないようかなり気を遣っている彼女の前で、俺は額に手を当てた。 「桐生組の名前を使ってチンピラ紛いのことをしている連中、か……それは本物の組員にしろ、偽物にしろお灸を据える必要があるな」  まあ、十中八九ウチの組員ではないだろうが。 そんなことをすればどうなるのか、あいつらはよく分かっているから。  『良くてクビ、悪くて死だ』と考えつつ、俺は横目で真白を捉える。 今回は間違いなく後者になりそうだな、と思いながら。 「じゃあ、僕がお灸を据えるよ〜。もう二度と僕達に迷惑を掛けることが、ないようにしてあげる〜」  ヘラリと笑って日本刀に手を掛け、真白は雛森へ視線を向ける。 「それで、そいつら今どこに居るの〜?」 「お、恐らく近くの居酒屋で飲んでいると思います。この時間帯だと、まだどこのキャバクラもクラブも開いていないので」  『時間潰しも兼ねて、腹ごなしをしている筈』と語る雛森に、真白は相槌を打つ。 と同時に、こちらを向いた。 『具体的な場所、分かる?』と問い掛けるように。 「この時間帯にやっている近くの居酒屋と言えば、一軒しかないな」

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