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第21話『不届き者達の末路』
「この時間帯にやっている近くの居酒屋と言えば、一軒しかないな」
まだ夕方前ということもあって、営業している店は極小数。
なので、特定は簡単だった。
「行くぞ、真白」
「は〜い」
スクッと立ち上がって俺の隣に並び、真白は後をついてくる。
雛森もそれに続こうとしたが、『割れたグラスの片付けでもしていろ』と言って制した。
外まで見送りに来られると、周りに注目されてしまうため。
目下の仕事は桐生組の名前を使う不届き者達の始末だが、そのあと視察へ戻る予定だから目立つのは困る。
他店舗の奴らにこちらの動きを察知されたら、色々と厄介だから。
『まあ、そのときは別の方法を取るだけだが』と考えつつ、俺は店を出る。
そして、真白と共に繁華街の端っこへ移動すると、営業中の居酒屋へ足を踏み入れた。
と同時に、罵声を耳にする。
「おら、もっと酒を持ってこい!こっちは天下の桐生組だぞ!」
「こんな店、潰そうと思えばいつでも潰せるんだぞ〜?分かってんのか〜?」
「VIP客への対応が、なってねぇーなぁ?なに他の客を優先してんだよ!」
奥の座敷席を陣取る男集団は、王様気取りでふんぞり返っていた。
まだ中身の入っている酒瓶や大量の食べ残しを辺りに撒き散らしながら。
これは予想以上に酷いな。
料金未納ということしか知らなかったため、俺はこの惨状に溜め息を零した。
『ここまで横柄な態度を取っていたとは』と辟易する中、店長と思しき人物が口を開く。
「お客様、大変申し訳ございませんが、これ以上の注文は……」
「はぁ!?桐生組に逆らうつもりか!」
「いえ、そういう訳ではなく……もう材料が尽きてしまって……」
『仕込みの分はもう……』と説明し、店長と思しき人物は相手側に理解を求める。
が、その程度で引き下がるような奴らではなく……
「じゃあ、あれはなんだ!?」
と、他の客に出された料理を指さした。
かと思えば、眉間に深い皺を刻む。
「他の客には出して、俺達には出さないって訳か!それはどういう了見だ!」
『舐めてんのか!』と怒鳴り散らす集団の一人に、店長と思しき人物は真っ青になった。
「ち、ちがっ……あれは既に注文されていた料理で、もう調理も終わっていたのでお出ししたんです!」
「なら、それをこっちに回せよ!俺達はVIP客なんだからよ!」
「いや、それはさすがに……」
正規の料金をきちんと支払って飲食する客に迷惑など掛けられないため、店長と思しき人物は躊躇う。
もし、ここで奴らの言う通りにすれば確実に普通の客は離れていくと考えて。
でも、だからと言ってここら一帯を取り仕切る桐生組に逆らう訳にもいかず……悶々とする。
今にも泣きそうな顔で黙りこくる彼を前に、俺はゆっくりと歩を進めた。
行き先はもちろん、あの座敷席。
「────やはり、ウチの組員ではないな」
きちんと顔が見える距離で容姿を確認し、俺は小さく|頭《かぶり》を振る。
組員の外見や経歴は全て頭に入っているが、この三人は全く見覚えなかったので。
『間違いなく、偽物だ』と確信する俺を前に、真白は座敷席へ飛び乗った。
「まあ、本物だったらこんなところで道草を食っている暇ないもんね〜」
『僕達ですら、働いているのに〜』と零し、真白は多忙を極める組員達の状況について言及した。
と同時に、抜刀する。
「さ〜て、誰から斬ろうかな〜?」
目の前に居る三人を見据え、真白は『一太刀で三人同時に斬るのも、ありだね〜』と呟く。
────と、ここで例の三人がハッとしたように顔を上げた。
かと思えば、苛立たしげに顔を顰める。
「何なんだ、お前ら!俺達が誰だか知っていて、こんなことをしているのか!」
三人のうちの一人が代表して口火を切り、凄んできた。
他二名もそれに続くように、こちらを威嚇してくる。
が、真白は全く臆することなくこう答えた。
「いや、全然知らないけど〜?というか、興味もないし〜」
「ハッ!生意気な口を聞いていられるのも、今のうちだぞ!なんせ、俺達はここら一帯を取り仕切る桐生組の……」
────人間だからな!
と続ける筈であっただろう言葉は、真白の斬撃により遮られた。
いや、それどころではなくなったとでも言うべきか。
「あ”っ……!?」
右腿に突き刺された日本刀を前に、男は目を白黒させる。
痛みより衝撃が|勝《まさ》っているのか、数秒ほど固まっていた。
が、状況を理解するなり絶叫して蹲る。
汗やら涙やらで顔をぐちゃぐちゃにする彼を他所に、他二名の不届き者達は腰を抜かした。
「な、なななななな、何すんだ!」
「こ、こんなことしてタダで済むと思っているのか……!」
このような状況に陥ってもなお強気な態度を崩さないのは、『桐生組の人間』と名乗れば何とかなると思っているからなのか。
それとも、単純にアホなのか。
『まあ、どちらにせよ悪手だな』と思案する俺の前で、真白は剣を引き抜く。
その瞬間、水をせき止めていたダムが無くなったかのように大量出血した。
どうやら、大きい血管を傷つけてしまったらしい。
「う……ぁ……ち、血が……」
「何で……こんな……」
負傷した仲間を呆然と見つめ、二人はカタカタと震える。
先程までの勢いは、どこへやら……もうすっかり大人しくなった。
「ったく、仮にも極道を名乗るなら血に耐性くらい付けておけ」
『これくらいで狼狽えていたら、キリがないぞ』と呆れつつ、俺も座敷席へ上がる。
と同時に、真白の隣へ並んだ。
「一応聞くが、|ウチ《・・》の名前を騙って悪さした理由はなんだ?」
「えっ?ウチの……?」
三人のうち一人が思わず聞き返し、ゆらゆらと瞳を揺らす。
今にも不安に押し潰されような彼の前で、俺は懐から拳銃を取り出した。
と同時に、
「俺は桐生組の若頭、桐生彰だ」
天井へ発砲した。
本物だと示すように。
「「「ひぃ……!」」」
銃声に驚いたのか、それとも俺の正体に恐れ戦いたのか……彼らはこれでもかというほど後退る。
思い切り頬を引き攣らせながら。
「な、ななななななな、何でもう知られて……!事態の発覚を遅らせるため、桐生組の経営する店には何もしなかった筈だろ……?」
『それで、バレる前にトンズラする予定だったのに……』と明かし、三人のうちの一人は項垂れた。
絶望に苛まれている様子の彼を前に、他二名も恐怖と不安を露わにする。
「俺達、これからどうなるんだよ……」
「まさか、殺されるのか……」
真白の手にある日本刀と俺の持つ拳銃を見やり、二人は頭を抱え込んだ。
かと思えば、居住まいを正して床に頭を擦り付ける。
「ご、ごめんなさい……!謝って済む問題じゃないけど、今回は見逃してもらえませんか!」
「もう二度とこのような真似はしません……!なので、どうかご慈悲を……!」
もう何百回と見た命乞いを披露する二人に、俺は一つ息を吐いた。
────と、ここで真白が片方の後頭部目掛けて剣を突き刺す。
と同時に、もう一方の頭を踏みつけた。
「謝るくらいなら、最初からしなければいいのに〜。てか────若くんの質問を無視して、ペチャクチャ喋るなんて何様なの〜?」
結局まだウチの名前を騙って悪さした理由について話していないため、真白は気分を害する。
口調や表情こそいつも通りだが、言動の端々から確かな怒りを感じられた。
「僕、若くんを蔑ろにするやつ大嫌いなんだよね〜」
そう言うが早いか、真白は突き刺した剣を引き抜く。
ついでに、頭の上へ載せた足も退けた。
「あれ?死んじゃった〜?」
ピクリとも動かない二人を前に、真白はコテリと首を傾げる。
『ちゃんと手加減したのに〜』と呟く彼に対し、俺は小さく肩を竦めた。
「そりゃあ、頭を刺したり割ったりすれば死ぬだろ」
「え〜?そうなの〜?手術で頭を開いたりするから、これくらい平気なのかと思っていたよ〜」
『今度から、気をつけるね〜』と言い、真白は顔を上げた。
かと思えば、少しばかり身を屈める。
────唯一の生き残りを見据えて。
「ねぇ、狸寝入り〜?それとも、本当に気絶している〜?」
壁に寄り掛かって目を閉じている彼に、真白は剣先を向けた。
が、無反応。
恐らく、本当に気を失っているのだろう。
「太腿を刺された上、友人の殺害現場に立ち会ったんだ。ショックのあまり、気絶してもおかしくない」
『まあ、同情はしないが』と冷たく言い放ち、俺はスマホで組員に連絡を取る。
すぐこちらへ来るように、と。
「とりあえず、こいつは本邸に連れて帰って諸々の情報を吐かせる。処分はそれからだ」
この場で叩き起してまた尋問を始めてもいいが、それは正直面倒臭い。
よく考えたら、俺達の仕事ではないし。
『何より、時間が押しているからな』と考えつつ、俺はスマホを仕舞った。
と同時に、真白の手を引く。
「行くぞ」
そう言って歩き出すと、真白は剣を鞘に収め
「は〜い」
と、返事した。
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