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第22話『BAR《静 side》』

◇◆◇◆  ────彰に任された仕事へ着手してから、早一ヶ月。 僕は外部の人間……いや、|勢力《・・》の介入を確信していた。 というのも、強盗事件で使われたときの拳銃が外部のルートを通って入手されたものだったため。 更によく調べてみると、桐生組の縄張りに敢えて武具をばら撒いている連中が居た。  まあ、片っ端から引っ捕らえて粛清したので今はもう流通ストップしているだろうけど。 でも、これまで流してきた分を考えると……『もう安心』とは、とても言えない。  『全て回収するのに、どのくらい掛かることやら』と考えつつ、僕は車のシートに寄り掛かる。 と同時に、持っていた資料を落としてしまった。 「────おい、貴重な情報をぞんざいに扱うな」  隣の席に座る兄は、眉を顰めながら足元に落ちた資料を拾い、こちらへ手渡す。 『その腑抜けた面も何とかしろ』と叱咤する彼を前に、僕は苦笑を漏らした。 とても言い返す気にもなれなくて。  ここ最近まともに睡眠を取れていない上、食事も必要最低限だったからね……とにかく、忙しくて。  『一応、兄上も同じ生活だったのに何でピンピンしているんだ……』と思いつつ、僕は資料を鞄に仕舞う。 また落としたら、説教されそうだったので。 『それに内容はもう頭に入っているし』と思案する中、僕達の乗る車は停まった。 どうやら、目的地に着いたようだ。 「行こうか」  隣の席に座る兄へそう声を掛けると、彼は 「おう」  と、返事した。 と同時に、車を降りる。 僕もそれに続く形で下車し、目の前の建物を見上げた。 『|BAR《バー》 ジャスミン』と書かれた小さな看板を一瞥し、店の扉を開ける。 「どうも。貸し切りの予約をした、桐生です」  カウンター席の向こうに居るマスターへ話し掛け、僕はニッコリと笑った。 『ちょっと早く来ちゃったかな?』と述べる僕の前で、彼は手に持ったグラスを置く。 どうやら、ずっと仕事道具の手入れをしていたらしい。 もう一方の手には、布巾があった。 「お待ちしておりました、お好きな席へどうぞ」  こちらに向き直って一礼するマスターは、洗練された動きでカウンター席やボックス席を示す。 すると、兄が迷わずカウンター席へ腰を下ろした。 「お前にちょっと聞きたいことがある」  一も二もなく本題を切り出し、兄はマスターへ鋭い目を向ける。 今にも全て喋ってしまいそうな彼の前で、僕は慌ててカウンター席へ駆け寄った。 「待って、兄上。そういう話はきちんと順序を踏んでから……」 「チッ……回りくどいのは、好きじゃねぇーんだよ」  『面倒くせぇ』と辟易する兄に、僕は深い溜め息を零す。 直球で言って答えてくれるなら苦労はしない、と。 「とにかく、兄上は大人しくしていて。僕が話をするから」  『こういう駆け引きは僕の得意分野だし』と説得すると、兄はフイッと顔を反らした。 かと思えば、 「ジン。ロックで」  とだけ言って、黙り込む。 仕事中は接待を除いて、一切飲まないのに。 恐らく、『俺はこの仕事に参加しない』ということを伝えたいのだろう。 『回りくどいのは、どっちなんだか』と思いつつ、僕はマスターへ視線を戻す。 「じゃあ、僕はジン・トニックで」  とりあえず注文を済ませてカウンターに両肘をつき、僕はじっとマスターの様子を窺う。 雰囲気作りのためか、それとも素か口数の少ない彼を前に、僕は頬杖をついた。 ────と、ここで注文の品が出来上がり、僕達の前へ並べられる。 「ごゆっくり、どうぞ」  そう言うが早いか、マスターは再びグラスを拭く作業に戻った。 と同時に、僕はカクテルへ手を伸ばす。  さてと、どうしようかな? 本当は世間話を交えながら、さりげなく情報を聞き出すつもりだったんだけど……兄上が『聞きたいことがある』なんて言っちゃったから、それは難しくなった。 今更取り繕ったところで、白々しいだけだからね。 なら、いっそのこと直球で行った方がいいか。幸い、交渉カードは揃えてあるし。  店やマスターのことは事前に調べてあるため、今どのようなことで困っているのか何を必要としているのか手に取るように分かる。 なので、情報を引き出せる確信が僕にはあった。 「マスター」  カクテルグラスの縁を指で撫で、僕は目の前の御仁へ視線を向けた。 「単刀直入に言います────僕と取り引きしませんか?」 「「!」」  変化球で来るとでも思っていたのか、マスターは目を剥く。 ついでに、兄も。 「……結局、直球かよ」 「兄上がいきなり『聞きたいことがある』なんて言わなかったら、もうちょっと趣向を凝らしていたよ」 「……」  バツの悪そうな顔でそっぽを向き、兄はロックのジンを飲む。 こういった交渉事は僕の方が得意だと知っているため、その場を荒らしてしまって申し訳ないと感じているのだろう。 今度こそ大人しくなった彼を他所に、僕はマスターの方を向いた。 「こちらが欲しい情報を提供していただければ、資金援助と土地の斡旋を行います」  取り引きの内容を具体的に提示すると、マスターはハッと息を呑んで固まった。 『もう全て調査済みか』と動揺している彼の前で、僕は 「────二号店のオープンを計画しているんですよね?」  と、核心の一言を放つ。 その途端、マスターは肩から力を抜いた。 まるで、観念するかのように。 「ええ、その通りです。まあ、難航中ですが」  『主に土地探しの方で』と語り、マスターは磨き終わったグラスに酒を注いだ。 かと思えば、自分でソレを飲み干す。 「……桐生さん、こちらの提供した情報が役に立てば資金援助と土地の斡旋の他にリフォーム業者の紹介もしていただけませんか。ここら辺の業者はどうもきな臭くて……でも、貴方からの紹介なら安心だ」  ────桐生組を経由した仕事なら、リフォーム業者も真面目に仕事するだろうから。  という本音を滲ませつつ、マスターはこちらの顔色を窺う。 『さすがに欲張りすぎたか』と思案している様子の彼を前に、僕はゆるりと口角を上げた。 「構いませんよ。役に立つ情報をいただけるのなら」 「……知っている限りのことは、お話します」  『嘘も出し惜しみもしない』と確約し、マスターは真っ直ぐこちらを見据えた。 緊張のせいか少し表情が強ばっている彼を前に、僕はカクテルを一口飲む。 と同時に、スッと目を細めた。 「分かりました。では、一先ず交渉成立ということで」

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