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第23話『マスターの証言《静 side》』
「分かりました。では、一先ず交渉成立ということで」
『役に立つ情報』の定義には敢えて触れず、僕は話を進める。
別にリフォーム業者の紹介を渋っている訳じゃない。
きちんと情報提供を行ってくれれば、要求は呑むつもりだ。
ただ、相手に最後まで緊張感を持たせるために何も言わないだけ。
人間、安心すると色々雑になるから。
「じゃあ早速ですが、聞き込みを始めても?」
「ええ、どうぞ」
『役立つ情報を持っていればいいが……』と不安になりつつも、マスターは話の先を促す。
ギュッと手を握り締めて身構える彼を前に、僕はスマホを取り出した。
「この三人に、見覚えは?」
桐生組の名前を使って大暴れしていたという例の三人組の写真を提示し、僕はそう尋ねる。
すると、マスターは食い入るように画面を見つめて僅かに眉を上げた。
「あります。確か、先月末にいらっしゃったお客様達です」
先月末、か……生き残りの彼から、聞いた情報と一致するな。
彰に頼まれて尋問したことを思い出しつつ、僕はカクテルをもう一口飲む。
「では、彼らについて知っている限りのことを教えてください。どんな些細なことでも、構いませんから」
既にあの三人組の情報は手に入れているものの、マスターの言葉に嘘がないか確かめる意味で質問した。
謂わば、試し行為である。
「えっと……彼らは近くの大学に通う学生で、今は長期休暇中だと言っていました。それで、『どこかに遊びに行きたいけど、金がない』と嘆いていて……『タダで遊べるような場所ないかな?』と言い合っていたんです」
『遊びたい盛りの年齢でしょうから』と語り、マスターは自身の顎に手を当てる。
多分、当時の記憶を呼び覚ましているのだろう。
「そんな時、ウチの常連さんが会計をせず退店していったんです。と言っても、一服しに行っただけですが。でも、彼らはそれを変な方向に捉えたみたいで……偉い人だからタダでになった、と」
『そんな筈ないのに……』と溜め息を零し、マスターは小さく|頭《かぶり》を振る。
と同時に、じっと|スマホの画面《写真》を眺めた。
「訂正しようかとも思いましたが、すっかり盛り上がっているところに水を差すのも躊躇われて……そうこうしているうちに、彼らは『権力者の名前を借りて脅せば、俺達もタダで遊べるんじゃないか』と言い始めて」
まさに子供の浅知恵としか言いようがない発想に、マスターは何とも言えない表情を浮かべる。
大人を舐め過ぎだ、と言いたいのだろう。
「まあ、でもここまでならただの悪い冗談で済んだと思います。本気で実行しようとしているようには、見えませんでしたから────ある人物が口を挟むまでは」
どこか意味深に第三者の存在を話題に出し、マスターは表情を引き締める。
と同時に、僕と兄は顔を見合わせてコクリと頷いた。
やっと出てきたね、“ある人物”。僕達が今日ここへ来たのは、その人物について知るため。
『本当に実在するのか』という点も含めて、謎に包まれていたから。
『生き残りの彼が、嘘の供述をしている可能性も捨て切れなかった』と考えつつ、僕は指を組む。
────と、ここでマスターが空いているカウンター席の一つを見つめた。
「その方はたまたま居合わせただけのお客様なんですが、ずっと彼らの話を聞いていたらしくて……突然────『なら、桐生組の名前を使うといい。最近、あそこは立て込んでいるから余程のことじゃなきゃ気づかないし、動かない』と言い出したんです」
『あまりにも唐突なことだったので、よく覚えています』と語るマスターに、僕は視線を向ける。
生き残りの彼の証言と、ほぼ一致しているね。恐らく、嘘はないと思う。
となると────やっぱり、その人物が桐生組に悪意を持って暗躍している外部の人間である可能性が高い。
彰の懸念が現実味を帯びてきて、僕は思わず眉を顰めた。
『この大事な時期に余計な真似を……』と辟易しながら。
もうすぐ律子と入籍する予定ということもあり、ピリピリしている僕はグラスを持つ手に力を込めた。
と同時に、顔を上げる。
「その人物の見た目は?」
一番知りたかった部分を尋ねると、マスターは渋い顔で黙り込む。
それは証言を躊躇っているというより、どう答えるべきか迷っている風だった。
「一言で言うと、帽子を深く被ったやや痩せ気味の男性ですかね。声色からして、若そうでしたが……確信は持てません」
『基本ずっと俯いていて、顔を確認出来ませんでしたし』と言い、マスターは身を竦める。
あまり有益な情報を提供出来ず、焦っているようだ。
「あっ、でも────」
マスターは何か閃いたように顔を上げ、ズボンのポケットに手を突っ込む。
そして、自分のスマホを取り出した。
「────写真なら、あるかもしれません。ウチの常連さんがよく店内を撮影していて、その一部を宣伝用に分けてもらっているので」
『ちょうど、あの時も写真を撮っていた筈』と零し、マスターは自分の写真フォルダを確認する。
量が多いのか、それともスマホの操作に慣れていないのか少し時間は掛かったものの……
「ありました!」
無事にその人物が映った写真を見つけたようだ。
慌てて画面をこちらに向けるマスターは、『この人です』と端の方を指さす。
なので、そこをよく見てみると確かに『帽子を深く被ったやや痩せ気味の男性』が映っていた。
「……うん、綺麗に撮れているね。これなら、画像の解像度を上げて拡大すれば人相は分かりそう」
『この画像、送ってくれませんか?』と言い、僕はBluetoothを経由して転送してもらう。
と同時に、カクテルを飲み干した。
「他に何か知っていることは、ありますか?」
「いえ、これ以上のことは何も……」
「分かりました。情報提供、感謝です。おかげで、かなり助けりました」
『情報の裏が取れたら、報酬をお支払いします』と確約し、僕は席を立つ。
────と、ここで兄がポケットからカードを取り出した。
「……ここは奢る」
来店当初に犯したミスへのお詫びか、兄はさっさと支払いを済ませる。
ここは経費で落とすつもりだったから、別にいいのに。
まあ、有り難く気持ちは受け取っておくが。
「ありがとう。それじゃあ、次に行こうか」
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