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第37話『八神哲彦』

◇◆◇◆  ────時は遡り、作戦開始時刻を過ぎた直後のこと。 俺は真白と共に、八神哲彦の潜伏している別荘へ乗り込んでいた。 目の前の敵を片っ端から、薙ぎ倒しながら。  やっぱり、ここが当たりみたいだな。  ただの別荘にしては明らかに数の多い警備を前に、俺はスッと目を細める。 『ヒューに情報収集を依頼して良かった』と思いつつ、先を急いだ。 相手に反撃する隙も、脱出する|暇《いとま》も与えたくなかったので。 「あっ、一人どっかに行っちゃった〜」  露払い役として先頭を走っている真白は、顔だけこちらに向ける。 「ねぇ、追い掛けた方がいい〜?」  『討ち漏らし厳禁なんだよね〜?』と言い、真白は方向転換を図ろうとした。 が、俺に阻まれる。 「いや、放っておいていい。外に────ヒューを待機させてあるから」  『俺達がわざわざ手を下すまでもない』と告げ、俺は真白の腰を抱き寄せた。 このまま真っ直ぐ突き進むよう促しつつ、一気に廊下を駆け抜ける。 「────ここだな」  鬼が描かれた襖を見つめ、俺は足を止める。 と同時に、隣へ視線を向けた。 「予定通り、真白は廊下で待機していてくれ」  『俺一人で行ってくる』と告げると、彼は少しばかり表情を曇らせる。 が、事前に相談して決めたことなので仕方なく首を縦に振った。 「危なくなったら、迷わず言ってね〜」 「ああ、分かっている」  ポンポンッと軽く真白の頭を撫で、俺は『じゃあ、行ってくるな』と声を掛ける。 「見張りは頼んだぞ」  八神哲彦の居る部屋を真っ直ぐ見据え、俺は一思いに襖を開け放った。 そして、真っ暗な室内へ足を踏み入れると、真横から何か光るものが。 『ナイフか』と冷静に分析する俺は、拳銃のスライド部分でソレを受け止めた。 と同時に、相手の手首を掴んで引き寄せる。 「かはっ……!」  威嚇ついでに放った蹴りが鳩尾にでも入ったか、相手の苦しそうな声を耳にした。  ったく、思った以上に弱いな。  ぼんやり見える人影を一瞥し、俺は一つ息を吐く。 『拍子抜けもいいところだ』とボヤきつつ、もう一方の手で扉を閉めた。 「お前が八神組の長、八神哲彦だな?」  確信を持った声色で問い掛け、俺は掴んだ手に力を込める。 すると、相手は呻き声を上げて蹲った。 「そ、そうだ!だから、手を離してくれ!これでは、話も出来ない!」  まだ自分の立場を分かっていないのか、八神哲彦は対等な存在であるかのように振る舞う。 多分、話し合いで解決出来ると思っているのだろう。 こちらにその気は全くないというのに。 『親父が争いを避けてきたツケか』と思案しながら、俺はただ一言 「断る」  と、告げた。 その途端、八神哲彦は目を見開いて固まる。 「は、はっ……?何で……」  青天の霹靂といった様子で動揺を露わにし、八神哲彦は目を白黒させた。 ────と、ここで俺が握っていた手首を折る。 「あぐぅ……!」  よく分からない奇声を上げて仰け反り、八神哲彦は尻餅をついた。 痛みのあまり涙目になる彼を前に、俺はやれやれと|頭《かぶり》を振る。 こんなやつが一連の騒動の黒幕かと思うと、なんだか虚しくて。 でも、それ以上に──── 「────まんまと踊らされた自分が、情けない」  真白のトラウマを呼び覚ましたことを思い出し、俺はそっと目を伏せる。 と同時に、拳銃を強く握り締めた。 「だから、お前に報復することで俺は自分の罪を贖う」  そう言うが早いか、俺は八神哲彦の足を撃ち抜いた。 すると、彼は患部を押さえて少し前屈みになる。 「ま、待ってくれ……!話を……!」 「却下だ」  『お前と話すことなんて、ない』と突きつけ、俺は八神哲彦の後頭部を踏みつけた。 容赦なく体重を掛ける俺の前で、彼は身動ぎする。 「桐生組に手を出したことは、悪かった……!全面的に非を認める!」  ようやく自分の立場を理解したのか、八神哲彦は下手に出てきた。 このままでは殺される、と危機感を抱いたのだろう。 「出来る限りの賠償はする!もう二度と危害も加えない!だから……」  ────命だけは勘弁してくれ!  と続ける筈であっただろう言葉は、銃声によって遮られる。 無論、撃ったのは俺だ。 「ぐっ……!」  八神哲彦は左肩から血を流して悶え、床の畳に爪を立てた。 痛みに耐えるように。 「賠償も不可侵も必要ない。八神組を壊滅させれば、どちらも手に入るからな」  特に金銭や契約などは発生しないものの、八神組の縄張りをそのまま頂戴し、あちらの主力メンバーを殺せば利益・安全ともに確保出来る。 なので、八神哲彦を生かすメリットなんて一つもなかった。 デメリットなら、たくさんあるが。 「第一、これは報復だと言っただろう。損得勘定で、判断するものじゃない」  『まず、根本が間違っている』と指摘すると、八神哲彦は歯を食いしばる。 痛みのせいか怒りのせいかプルプルと震える彼を前に、俺は拳銃を構えた。 と同時に、頭へ載せた足をそっと下ろす。 「恨むなら、『裏社会の完全支配』なんてくだらない野望を抱いた自分を恨め」  八神哲彦の思い描いていた最終目標を口にし、俺は引き金に指を掛けた。 憎悪と絶望に苛まれている様子の彼を見つめ、しっかり狙いを定める。 そして、一瞬の躊躇いもなく銃を撃った。 頭から血を流して倒れる八神哲彦を前に、俺は肩の力を抜く。  嗚呼、やっと終わった……これで────真白に謝れる。  足元に出来た血溜まりを一瞥し、俺は『早く真白のところへ行こう』と踵を返した。 報復という名の贖罪を終えたからか、妙に足が軽い。 胸の奥でずっと渦巻いていた罪悪感が消えたのを感じながら、俺は襖に手を掛ける。 そこで、ピタリと身動きを止めた。  どうやら……かなり緊張しているみたいだな。  どこか他人事のように自分の異変を捉え、俺は苦笑を漏らす。 真白と出会ってから本当に感情豊かになったな、と感じて。 なんだか感慨深い気持ちになりつつ、俺は真白との思い出を振り返った。

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