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第38話『恋』
◇◆◇◆
数年前のとある廃工場の片隅……部下の断末魔が上がった現場にて、俺は連続殺人犯と顔を合わせた。
と同時に、目を剥く。
何故なら、そいつが────俺と同じ顔をしていたから。
別に人相のことを言っている訳じゃない。
どちらかと言うと、表情や雰囲気に近いものだ。
そうか。こいつも────空っぽなのか。
何をしても感情が動かず、満たされず、興味を引かれない己の性に、俺は似通ったものを覚える。
が、直ぐに『それは間違いだ』と気づいた。
だって、彼はまだ足掻いているから。空っぽな心を満たしたい一心で。
もう全てを諦めた俺とは違う。
こうやって、殺人を繰り返しているのも一種の反抗なのかもしれない……。
何もかも馬鹿らしくなって手を抜くようになった自分との対比に、俺は嫉妬とも羨望とも言える感情を抱く。
と同時に、ハッとした。
未だ嘗てこれほど強く心を揺さぶられたことは、あったか?と。
『こいつはもしかしたら……』と僅かな期待を抱く中、彼はこちらを振り返る。
その際、瞼越しに目が合った。
「!」
トクンッと大きく脈打つ心臓を感じ取り、俺は一瞬放心する。
というのも────自分でもよく分からない感情が、全身を駆け抜けたため。
まさに雷に打たれたかのような衝撃だった。
『これは一体、なんだ?』と内心困惑する俺を他所に、部下達が拳銃を構える。
それを見て、俺は言いようのない不快感と抵抗感を覚えた。
……俺はこいつに死んでほしくないのか?何で?自分の感情を揺さぶることの出来る人物だから?でも、それだけで『生かそう』と思えるほど俺はお人好しじゃないぞ。
自分という人間をよく理解しているからこそ、俺は混乱する。
────と、ここで部下達が拳銃の引き金に指を掛けた。
その瞬間、胸に渦巻いていた不快感や抵抗感は怒りへ変わる。
おい、手を出すな!こいつは俺の────。
沸騰する頭から湧き出した|結論《答え》に……自分の気持ちに、俺は呆然とした。
まさか、自分が他人にそのような感情を抱く日が来るとは思わなくて。
『人生、何があるか分からないものだな』と考えつつも、妙に腑に落ちる。
恋とは落ちるものではなく、いつの間にか落ちているものなんて、よく言ったものだ。
呆れ半分に内心苦笑を漏らし、俺はスッと目を細めた。
と同時に、思考を切り替える。
どうやって、彼を手に入れるか考えるために。
『このままお別れなんて、認めない』と奮起し、俺は早速交渉を持ち掛ける。
────その結果、何とかこちら側へ引き込むことに成功。
まあ、自分の想いを告げることになったのは予想外だったが。
無駄に警戒心されないためにも、出来れば隠しておきたかった。
でも、あそこで嘘をついたり誤魔化したりするのは悪手だと思ったんだ。
『信頼関係のない状態では、尚更』と考えつつ、俺は帰りの車に揺られる。
隣の席で眠る想い人を眺めながら。
「何はともあれ、手に入ったんだ。告白によって生じた損害は、少しずつ|取り返して《挽回して》いけばいい。時間はたっぷりある」
────と、奮起した半年後。
俺はすっかり真白に懐かれ、寝床を共にするようにまでなった。
日々世話を焼いているおかげか、警戒心もかなり薄くなったように思える。
なので、そろそろ本格的に口説こうと画策していた。
『もちろん、嫌がることはしないが』と思案する中、
「ねぇねぇ」
と、声を掛けられた。
何の気なしにそちらへ視線を向けると、同じ布団で眠る真白の姿が。
「君の好きな人がすぐ隣に居るのに、襲おうとか思わないの〜?」
こちらの忍耐を試しているのか、それとも単純に気になったのか……真白はそんなことを尋ねてきた。
寝巻き代わりのバスローブから白い肌を覗かせる彼の前で、俺は一つ息を吐く。
『無防備にもほどがあるだろ』と呆れながら。
「同意の上なら迷わず襲うが、そうじゃないなら何もしない」
おもむろに掛け布団を引っ張り、俺は真白の素肌を隠す。
と同時に、コツンッと額同士を合わせた。
「想いが通じ合っていないのに、ヤッたって意味ないからな」
『俺が欲しいのは、あくまでお前の心』ということを強調し、そっと目を閉じる。
もう今日は寝よう、と考えて。
正直、かなりムラムラしているので。
『これ以上、性欲を煽られる前に』と思案する中、真白は
「……ふ〜ん」
と、不満げに相槌を打った。
────その翌日、俺は一人で外出する。
あるものを買うために。
思ったより、種類が多いな。この中から、一つを選ぶのはなかなか難しい。
出来ることなら、全て買いたい……が、そういうのはあまり良くないんだよな。
『悩み抜いて用意したもの』というのが、重要らしいから。
テーブルに並べられた複数の商品を前に、俺は熟慮する。
真白の喜ぶ顔を想像しながら。
「……これにする。|プレゼント《・・・・・》用に包んでくれ」
────と、店に頼んだ一時間後。
俺は購入したものを持って帰宅し、自室へ急いだ。
予定より、長く時間が掛かってしまったため。
『早くしないと、日付けが変わる』と危機感を抱きつつ、襖を開いた。
すると、部屋の片隅で丸くなっている真白が目に入る。
「……何でこんなに遅かったの?」
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