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漆のように艶やかな黒い髪に
童顔で白い肌
色素の薄かった大きな瞳は、少し疲れたように虚ろだった
そしてまたその子自身も、桜吹雪の如く俺の心を乱す
「……男?」
小学生時代に記憶にあるのは確かにアイちゃんといった笑顔がとても可愛らしい女の子のはずだった
その子の顔は童顔だが虚ろな瞳は少し鋭く、新入生とは思えないよれた学ランに身を包んでいた。それでも俺の本能が間違いなくアイちゃんだと確信していた
俺は思わず駆け寄りその子の肩に手をかけ、呼び止めてしまった
一瞬びっくりしたような顔でこちらを伺うアイちゃんは、とても訝しげな顔でなんですか?と嫌そうに口を開いた
そこから俺もどう声をかけたら良いのか分からず、いや、ごめん、人違いでした。と咄嗟に嘘を吐き手を放した
後ろから中学時代の友達の声がかかる
一瞬そちらに気をとられた隙にアイちゃんの姿は見えなくなった
俺の初恋の相手
飛び跳ねるほど嬉しい気持ちと、突然の思わぬ再会に戸惑いを交錯させながらも、また新たに俺の心を掻き乱した
「男だったん……?」
うわごとのように入学式の喧騒にその声が溶けていく
x
俺は純粋に女が好きだ
男を好きになるなんてあり得ない
今はまだ好きかもしれないけど
あんな事をしておいて、あんな幼稚な見栄を張っておいて、本当に狡猾で卑怯な男でしかないのに
あの頃の気持ちは心の奥深くに仕舞い込んで
まるで無かった事のように
あの子が俺を見ても何も動じないように
俺も忘れようと、そう心に誓った
そしてずっと頑張っていた柔道も、ぷっつりと手がつかなくなり、毎年優勝を勝ち取っていたのが、三位まで落ちこぼれた
優等生とは言わなくても人並み以上に頑張っていた勉強も、全く手に付かなくなった
学校に行けば嫌でも目に留まるその子を無意識に目で追いかけるのが嫌で、なるべく行かないようにした
好きでもない女を抱いた
先輩に言われるがまま煙草に手を出し、気分を晴らした
自分が何に腹を立てているのかがさっぱり分からず、それがまたもどかしく、心が荒んでいった
口から白い煙が立ち上るたびにこのままこの気持ちも消えてなくなればいいのに、と何度も思った
そうして迎えた二年の春
クラスしか把握していなかった俺は当然の如く午後の授業中に教室の扉を勢いよく開けた
そこに飛び込んできたのは教師の顔よりも扉の後ろに座るあの子だった
「……は?まじ?」
そう気づいた時には考えるよりも先に体が動いていた
目で捉えたのはその子の座る机が宙を浮いていたこと
俺が蹴り上げたのだった
自分でもびっくりしたがその子は大きな目を更に見開き唖然としていた
あ。可愛い
咄嗟に頭に出た本音が一年間積み上げたものを一瞬で台無しにする
横から担任が怒声を上げながら俺の腕を掴み教室から追い出した
自分でもわけがわからなった
ずっと頑張り続けていたものが無駄になったから?
その子が男だったから?
未だに俺の顔を見ても当時のことを全く思い出した様子もないその子が腹立たしかったから?
俺があの子と母親を引き離してしまったから?
目が合った瞬間心の奥が締め付けられたのを誤魔化したかった
もう答えは分かっている。
俺はどうしてもこの子が、
入学式の日にすぐにその子の名を見つけ、今でも忘れられずにいる相澤優斗 が
どうしようもなく好きだったんだ
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