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過去と過ち
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拓海、ご挨拶しなさい
練習試合の前に、父さんが知らない女の人を連れてきた。とても綺麗な女の人だった。
俺は挨拶と言われたら反射的にその言葉が出るように、父さんの望む言葉を言う
「始めまして東拓海です!7歳です!」
最後にぺこりと丁寧に頭を下げると、女の人はとても礼儀正しいのね、とにこやかに笑う
そして続けてほら、ご挨拶して、と後ろに顔を向けた
つられて俺も女の人の後ろに目を向けると、恥ずかしそうに後ろに隠れている、同じぐらいの背格好をした、サラサラと流れる綺麗な黒髪が目に入る
「……あ、えと……」
気恥ずかしそうに、もじもじと女の人の後ろに隠れるその子が気になり、自分からその子の方に向かっていった
「どうしたのっ?」
「ひっ……!あ、あの、えと僕は……」
目がクリクリとして女の人とそっくりで可愛らしく、もっと近くで見ようと顔を覗かせると、小さく悲鳴を上げながら手に持っていた猫のぬいぐるみで顔を隠してしまう
きっとこの女の人はこの子の母親なんだろうとすぐに気づき、またその子の方を一目見て、俺はすぐにでも友達になりたいと思った
「オレ拓海!君は?」
「……えと、あ、あい……あい、ざ……」
モゴモゴと口籠もるその子を見て、優しく頭を撫でた
「アイちゃんって言うんだな?よろしくな!」
「…………。」
そのまま無言で押し黙ってしまうアイちゃんに、ちょっと……ちゃんと挨拶しなさいと女の人が言うので、ムッとなった俺はその子の手を取り、あっちに行こうとそのまま連れ出した
アイちゃんは不安そうに女の人を見ていたが、母親は行ってらっしゃいと手を振っていた
地元にある総合体育館の客席の一番前の席までアイちゃんを連れて行き、丁寧にイスに座らせる
「オレ、今から練習試合があるから、ここで見てて!」
そう言ってまたアイちゃんの頭を撫でる
猫のぬいぐるみで顔の半分を隠しているアイちゃんの表情はよく見えなかったが、小さくこくんと頷いた
今まで父親に言われたから渋々やっていた柔道にやっとやる気が出た気がした
しかし身体の小さかった俺は、同い年とは思えない一回りも大きい別のクラブチームの相手に、呆気なく一本取られ、無様に負ける。
今までサボっていたツケが回ったのだ
さっさと初戦敗退してしまった少年は、恥ずかしそうに客席にいるアイちゃんの所へ向かう
「あ~~~ッ!負けた~~!恥ずかしい!オレのこと見てた!?見てないよね!?」
戻って来た時にはアイちゃんはぬいぐるみを膝の上に置いて微笑んでいた
「ちゃんと見てたよ。……よく分かんなかったけどかっこよかったよ」
試合のルールが把握出来ていないアイちゃんはただ見たままの感想を言ったみたいだった
それに俺は単純に嬉しくなり、アイちゃんの隣に座る
するとまた恥ずかしそうにぬいぐるみで顔を隠した
「オ、オレっ!絶対強くなるから!!また来週も来て!お願い!」
隣に座るアイちゃんの顔にグイッと顔を近づけると、困ったように顔を赤くするアイちゃんの瞳が綺麗で、そのまま見惚れてしまった
「ち、近いよ……分かったから、来週も行くから……」
「マジで!!よっしゃー!!」
大袈裟にガッツポーズをキメると、遠くから父さんの声が聞こえてきた。
アイちゃんの顔はよく見えなかったけど、眉を下げながらもはにかんでいるように見えた気がした
それがアイちゃんと初めて会った時の甘酸っぱい思い出だった
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