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それから月日は経ち、俺たちは小学ニ年生になった
毎週土曜日の練習試合の時に、アイちゃんと会うのが唯一の楽しみで、当たり前の日常になっていた
身に入らなかった柔道も、とことんやる気を出しみるみる力をつけていった
嫌いな牛乳を毎日飲んで、早く大きくなりたかった
アイちゃんを守れる男になりたかった
「なぁさっきの見てた!?初めて抑込で一本取れた!」
「うん!見てたよ!相手の方が体大きかったのに、拓海くん力強いね!」
この頃にはもうぬいぐるみで顔を隠すことがなくなったアイちゃんは可愛らしい笑顔をいつも俺に向けてくれていた
それがたまらなく嬉しくて、幼少期のませた俺はアイちゃんにご褒美をねだる
「……な、なぁ、次の試合でまた勝てたら、チューしてくれる?」
カァと顔を赤くしながらも真剣に要求する俺に、アイちゃんは更に顔を赤くさせている
「えっ、えぇ!?ぼ、僕が!?」
またいつものくせでぬいぐるみで顔を隠してしまうアイちゃん
「……他に誰がいるんだよ……てかアイちゃん、その僕って言うクセ、そろそろ直した方が良いよ」
「な、直すって……?」
「ちゃんとわたしって言わないと、変だよ?」
こんなに可愛らしい子が、髪はショートで、いつも短パンを履いておまけに一人称が僕なんて、絶対おかしい
「ぼ、僕って、変なのかな……?」
「あ、また言った!それに、たまにはスカートとかも履いてきなよ!髪も伸ばした方が絶対可愛いって!」
屈託のない笑顔でそう言う拓海に対して、アイちゃんは戸惑いながらも小さく頷いた
「……う、うん……拓海くんがそう言うなら、ぼ、わた、し……そうする……」
その言葉を聞いてニカっと笑う拓海は、次勝ったら絶対チューね!と言い放ち、また試合会場に向かっていった
そして見事に今度は背負い投げが決まり、客席に座るアイちゃんに嬉しそうにガッツポーズを決めた。
アイちゃんも小さく手を振り返してくれていた
「アイちゃん見てた!?オレどうだった!?」
爛々とした瞳でアイちゃんに駆け寄り、隣に腰かけ椅子から浮いた足をブンブンと振るう
「凄くかっこよかったよ!ヒーローみたいだった!」
ニコニコと笑顔を向けるアイちゃんに俺は嬉しくなり、、先ほどのご褒美を早速要求する
「じゃあさ、ご褒美のチューしてくれる?」
俺はすぐさま目を瞑り、口を尖らせアイちゃんの顔に近づける
すると固いような無機質な毛玉っぽい物が口に当たった
驚いて目を開けると、顔の目の前にアイちゃんがいつも持ってる猫のぬいぐるみがいた
「えー!?そんなのずるいよ!約束したじゃん!」
「しっ、してないよ!拓海くんが一方的に言っただけだよっそれに……ここ、いっぱい人がいて、恥ずかしいよ……」
かああと顔を赤らめるアイちゃんに対して、大袈裟に不貞腐れる拓海はじゃあ人がいないところだったら良いの?と尋ねる
アイちゃんは凄く戸惑ったような素振りをしたが、数十秒と考えたあと、小さく頷いた
「絶対約束ね!じゃあオレ着替えてくるから、父さんところで待ってて!」
拓海はそう言って、更衣室に全力でダッシュしていった
アイちゃんはその背中を見届け、僕、男の子なのに……と小さく呟いたが、拓海の耳に届くはずも無かった
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