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第1話 呪いの巫女は人間に出会う④
戸惑いをよそに、グランは溌溂とした声で「リンネ!」と改めて名前を呼んだ。リンネは思わず細い肩を小さく跳ねさせる。
「俺、最近来たから、あんまりこの辺りのことを知らないんだ。良かったら色々教えてくれない? ほら、ここ座ってさ」
グランが地面の上に懐から取り出した白いハンカチを敷いた。ちょうど木漏れ日の落ちてくる、温かいところだ。手で示すジェスチャーによると、この上に座れという事らしい。一体何の意味があるのかよくわからない。
リンネの知る人間とは言動が異なりすぎているせいで理解するのに疲れてきて、リンネは半ば諦めの境地だった。猫が輪っかの中に納まるように、リンネはハンカチの四角形の上に腰を下ろす。グランもすぐ隣の地べたに嬉々として座り込む。
「……別に僕が貴様に教えてやることなんて何もない。ほとんど町になんて行かないからな」
座ったからと言って気を許したとは思われたくなくて、リンネはわざとぶっきらぼうに答えた。だが、グランは興味深いといった風に数度頷いた。
「リンネの家も山の頂上にあるの?」
「そうだ」
「ご家族も一緒に?」
「家族は……いない」
嘘をついた。
どうせ、呪いの神が父親代わりなど言ったところで理解はされないだろう。それどころか、嘲り笑われる可能性だってある。だったらわざわざ教えてやる義理もない。
「じゃあ、リンネはこの山で一人で暮らしてるんだ?」
リンネは首だけで頷いた。別に恥ずべき事でも後ろめたい事でもない。だが、それを見たグランの方は視線を伏せて、少し困ったように微笑んだ。
「そうなんだ……寂しいって思うことはないの?」
「寂しい?」
グランの言葉にリンネは眉をぴくりと動かした。
それは過去に幾度かぶつけられた言葉だ。寂しい、とか、孤独、だとか。
そんなのは勝手な人間の尺度だ。
「僕の世界には僕とお父様しかいらない。いったいどうして僕がそんな感情を抱かなきゃいけないんだ?」
「……リンネは強いんだね」
グランは感心したように呟いたが、その裏に好奇の眼差しが潜んでいるような気がして、リンネは奥歯を噛み締めた。自分にとってはそれが当然だからそうしているだけなのに。
一体それの何が悪いんだ。一人で生きていけないお前らの方が弱いんじゃないか。
「俺だったら多分、こんなところでは暮らしていけないな」
こんなところ?
その言葉はグランからしてみれば、単なる感想のつもりだったのかもしれない。
だが、彼の言葉はリンネの苛立ちを爆発させるには十分だった。リンネはとっさに右手を振り上げて立ち上がった。手には、石の小刀が握られたままだ。鋭く砥がれているわけではない刃は深く突き刺さらずとも、綺麗な頬に傷を残した。皮一枚裂けたところから赤い血が垂れる。
「痛っ……」
反射的に傷口を抑えたグランをリンネは見下ろし、強く睨みつけた。顔が熱くなる。
「これ以上痛い目を見たくなければ、さっさと去れ! 『こんなところ』には二度と足を踏み入れるな!」
小刀を突き付けて叫ぶと、グランはさっと顔を曇らせた。何度か唇を震わせて何かを言おうとしたようだったが、リンネはそれ以上彼の姿を見るのも嫌で、籠を背負って踵を返す。
少し進んだところで振り返ったが、グランは追いかけては来ていないようだった。リンネは、フン、と鼻を鳴らす。
たぶん、あの男が現れることは二度とないだろう。変なやつだと思っていたが、結局は普通の人間と同じだった。
どうせ、ここは、『こんなところ』だ。お前らはそう思っていればいい。人間の同情なんてこっちから願い下げだ。
リンネは苛立ちを抑えきれずに地面を蹴りつけた。
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