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第2話 芽生えた感情①

 夢を見ている。  夢と自覚できるのは、高いところから俯瞰で世界を見ているからだ。  月のない暗い夜。さらに木々によって光を遮られた山道を、目隠しをさせられた一人の少年が、複数の大人に囲まれて歩いている。  あれは、僕だ。  やがて彼らは山の中腹あたりで立ち止まると、鬱蒼と茂った森の方へと歩を進めた。暗闇の中を何度か曲がり、暫く歩いたところで、少年の腕を引いていた男が、小さな背中を強く押した。華奢な体躯はいともたやすく突き飛ばされ、地面に倒れる。 「魔女の子や」  大人たちの中で最も高齢の男が倒れた子供に声をかける。その声は優しいようで、強烈な醜悪さを孕んでいる。 「お前はこれからこの山で、巫女として神様に仕えるんだよ」 「……どう、して」 「とっても大切なお役目だからね、お前にしか務められないんだよ」 「い、いやだ……!」  リンネは闇雲に手を伸ばす。だが、小さな手は握られることなく、それどころか叩き落とされてしまう。  大人たちが悪魔のような顔で笑う。当然、目隠しをされていた当時のリンネにはその表情は見えない。だから、これは、今のリンネが想像で作り出したものだ。  人々がリンネを見て囁いている。大人たちのささやきがノイズのように増幅されて、リンネを取り囲む。 「こんなところに一人ぼっちで可哀想に」「いや、憐れむ必要はない」「あの女に似て不気味な子供だ」「もう、二度と町に近付かないでほしいもんだ」「寂しく死ぬのがお似合いだよ」 「ああ、孤独で可哀想なリンネ!」 「うるさい!」  リンネは自分の叫び声で目を覚ました。  全身が汗でぐっしょりと濡れている。久々に嫌な夢を見た。あの日のことなんて、もう忘れたはずだったのに。  あの男のせいだ。  あの男が変なことを言ったから。弱かった日の自分を思い出してしまった。  今は違う。僕は寂しくない。僕は孤独じゃない。人間なんていなくたって生きていける。一人だって大丈夫。  リンネは自分に言い聞かせながら深く息を吐いた。さっきまでの夢も、あの男の記憶もすべて流し去ってしまいたい。とりあえず顔を洗おうと小屋を出る。  そこにグラン本人が立っていたのでリンネは思わず飛び上がってしまった。

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