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第3話 大嫌い、じゃ――⑤
「……お前はどうして、僕にこんなに優しくするんだ?」
リンネの言葉は、何度も空中に投げかけてきたものと同じだったが、今回は正しく問いかけとなった。
グランは眉の端を下げた顔で考えて、小さく首を振る。言葉をためらうように唇を濡らす動作は、リンネが見たことがない気弱なもので心臓がざわつく。
いや、彼のこんな様子を見るのは初めてではない。あの日、リンネがグランの言葉に笑いを零した時も、同じような雰囲気を纏っていた。
「俺にできるのは、これくらいだから」
「……どういう意味だ?」
「人に優しくすることくらいでしか、俺は人の役に立てないから」
グランはいつものようにへらへらと笑おうとして、なんだかそれに失敗したような顔をした。彼の視線が遠くの方へ向く。
「俺、落ちこぼれなんだ。剣や弓はどれだけ習っても一向にへたくそだし、筋肉もつかないし、手先は不器用だし、魔法も使えないし……呪いが聞きにくいっていう体質があるけど、これだってすごく役に立つわけじゃない。俺は役立たずで、生きている価値がない」
グランがまるで当然のことのように言うのを聞いていると、なぜだかリンネの胸の奥がチクチク痛み始めた。
いったい誰がグランにこんなことを言わせるんだろう。あんなに輝いていたはずの笑顔に雲がかかっている。そのことがたまらなく嫌だ。
「……そんなことない」
思わずリンネが零した言葉に、え、とグランが顔を上げる。リンネはグランの肩を強い力で掴んだ。目を覚ますように揺さぶる。鼻先が触れ合うほどに顔が近付いたが、そんなことはどうでもよかった。
「しっかりしろ。お前に何も出来ないなんてわけがあるか。今だって、僕に、こんな美味いものを食わせやがって」
グランは息を飲んだが、すぐに諦めたように視線をそらす。
「すごいのは作った人だよ。俺はただ買ってきただけで……」
「でも!」
肩に触れる手は、ほとんど縋るようになっていて、指先に籠めた力は祈りにも似ている。
「こんな所にまで持ってきたやつは、これまで一人だっていなかったんだ……」
キャンディーだけのことじゃない。こんなところまで来て、リンネに声をかけて、笑って、色々な話をしてくれる人間なんて、これまでに一人もいなかった。
役立たずだなんて、誰にも、本人にさえも言われたくはない。
この気持ちを伝える一番簡単な言葉をリンネは知っている。でも、本当の感情を伝えることは、リンネにとって決して簡単なことではなかった。
大きく息を吸う。飛び出しそうな心臓を強く抑える。
「だから……ありが、とう。僕はお前に、感謝してるんだよ」
グランは見たことがないほどに目を見開いて、何かを言おうとしたが、言葉が上手く出てこないようだった。逃げ出したくなるほどに恥ずかしいが、グランの呆けた顔を見ていると言ってよかったのだと思える。
グランが何も言ってこない隙に、リンネは軽く彼を押しのけて立ち上がった。まだぽかんと口を開けた顔を見下ろして、咳払いする。
「……一回くらいなら、町に行ってやってもいい」
この言葉はその場しのぎなんかじゃない。紛れもなく、本心だ。
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