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第4話 眩しい世界①
数日後。
リンネはグランと共に人里までやってきていた。正確にはまだ、山と町の境目にいる。
リンネは普段の黒装束から着替えて、グランが買ってきた服を身に纏っている。サイズの合った白いリネンシャツは、光を反射して不思議と眩しく感じられる。普段は被っているフードもなく、少し伸びた髪もグランがリボンでまとめて、首筋に風が触れる感触もなんだか不思議だった。
落ち着かずに可動域の狭まった腕を回すリンネの姿を、グランは頭のてっぺんからつま先までじーっと眺める。あまりにも熱のこもった視線に気恥ずかしくなって視線を逸らすと、グランは、ほわ、と奇妙な声を上げた。
「きれいだ……」
「なんか言ったか?」
「いや、良く似合ってる。黒も良いけど白もいいね」
「そうか? 僕は変な感じだ」
明るい視界を隠すように前髪を引っ張る。だが、当然そんなことでは顔は隠れない。逆に乱れた髪を整えるようにグランに髪を掻き分けられて、額がくすぐったい。
「ほら、行こう」
グランがリンネの手をしっかりと握りしめた。手のひらの間に体温が集まって、燃えてしまいそうに熱い。
グランがリンネの腕を引く。だが、その段になってリンネは急に怖気づいてしまった。
かつての記憶がフラッシュバックする。自分を恐れる視線。冷たい言葉。
自分に向けられる分には好きにしろと思う。今更傷つきはしない。
ただ、今日の思い出が苦いものになるのは嫌だった。自分がそんな目に合っているところを見れば、きっと優しいグランは憤ったり悲しんだりすることだろう。自分のせいでグランの笑顔が曇ってしまうのは嫌だ。
人の心というのは不便だ。自分のことだけ考えていればいいはずなのに、余計なことまで考えて不安になる。
「大丈夫、俺が隣にいるから」
だが、逆に、他人のたった一言で自分の中の不安が解けていくこともある。
「……わかった」
強く腕を引く力に、身をゆだねた。張り詰めた糸がふっと緩むように、リンネは意外にも素直に受け止めた。
二人で並んで町に足を踏み入れた瞬間、わっと、急に視界が開けた。
リンネは目の前に広がる光景に目を見張る。
陽の光が明るく差し込む町並みには、人々の活気が満ち溢れていた。楽しそうに走り回る子供たち、買い物途中の女性たちの井戸端会議、店が客を呼び込む声。そのすべてが騒がしく、眩しい。
リンネがかつて一人で訪れた時には町の風景など見ている余裕はなかった。フードを深く被って、俯いて、地面だけを見てきた。用事を済ませたら、誰と言葉を交わすこともなく急いで山へと帰った。あの時は町にいる間少しも息ができないような気持ちだった。
だが、今見ている景色はその時とは全く違う。何が変わったのか、と思ってから、そうじゃないと気付いた。
これは見え方の違いだ。きっとグランが見てきた世界はこうだったんだろう。
ずっと目を閉じて耳を塞いできた。こんな世界は見る価値はないと、信じていた。きっかけは自分を傷つけた人間だったとしても、今の生き方を選んだのはリンネだった。
「賑やかでしょ?」
「うん」
情報量に圧倒されて、リンネは彼にしては珍しいあどけなさで頷いた。
視界に映るすべてがリンネの気を引いた。落ち着きもなくきょろきょろしているリンネを咎めることもなく、グランは微笑んでいる。
「あれはなんだ?」
「都から来た物売りだね。毎週末、服や織物なんかを売っているんだ」
「あそこの店は?」
「パンやお菓子を売っているみたい、食べてみる?」
尽きないリンネの疑問に面倒くさがることなく、グランは丁寧に答えてくれる。一つ一つの解答をリンネはゆっくりと咀嚼する。まるで、グランから聞いたたくさんの思い出話の答え合わせをするように。
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