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第4話 眩しい世界⑥
「えーっと……」
顔を赤くしたグランが、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
「今のはキスっていって」
「知ってる」
本で読んだことがある。
リンネが読んだ物語の中で、キスという行為は幸せと愛情の象徴だった。子を慈しむ親が、あるいは愛し合う恋人同士が、一番幸福な瞬間に口づけを交わしていた。
かつてのリンネには全く意味が分からなかった。一体どうしてそんなことをするのか、なんの意味があるのか。やっぱり人間は意味が解らないと、自分と人間の間に壁を感じていた。
でも、今ならわかる。
触れた柔らかさが、熱が、互いの想いをどんな言葉よりも饒舌に伝達する。
心臓が痛い。これまでに経験したことのない速さで鼓動を刻んでいる。リンネの内側に渦巻く感情が、外に出たいと叫んでいるようだった。でも、ただ苦しいわけじゃない。
グランは真剣な顔で口を開く。
「君は俺の光だ」
グランが強くリンネの手を握った。少し痛いくらいの力は、強い感情を示している。彼の頬は燃えるように赤く染まっているが、視線を逸らすことはない。
「一目見た時から君に惹かれた。君は凛として、強く、美しくて――人に媚びへつらってばかりいる俺とは正反対だと思った」
リンネもまた、グランと出会った日のことを思い出した。あの時はただ、おかしな奴だと思っていた。まだ信用も出来ずに、刃を向けもした。
でも、本当はグランだってあの日から強く、美しかったのだ。
リンネと正反対だとしても、だからこそ。
リンネはそのことをもう十分に知っている
「でも、そんな君がこんな俺の言葉で笑ってくれた、喜んでくれた、肯定してくれた。それで俺は……自分も生きていていいんだって、俺の存在にも意味があるんだって、初めて心の底から思えたんだ。リンネは俺に『ありがとう』って言ってくれたけど、本当に感謝しないといけないのは俺の方だ」
グランはそこで一瞬だけ目を伏せて深く息を吸った。
「だから、これからも君のそばにいてもいいかな」
切望を固めたような、少し掠れていて、それでいて肌を痺れさせるほどの覚悟がこもった声。
リンネは強い衝撃を受けた。
これまでの人生、深い闇の中で生きてきた。ずっと恐れられ、疎まれ続けてきた。自分が、誰かにとっての光となる日が来るなど、思いもしなかった。
グランから何かを与えられるだけじゃなくて、僕も何かを与えている。
胸を満たすこの感覚は何だろう。
『もらう』よりも『あげる』ことに喜びを覚えるのはどうしてだろう。
「僕は――」
その疑問の答も、抱えた気持ちの正体もリンネは知らない。誰にも教えてもらったことはない。これまでにも感じたことはない。お父様に向ける敬愛とはまるで違う感情。
それでも、心が望む儘に従った。
「お前と一緒にいる時間が、ずっと続いてほしいと、思う」
それだけは揺るぎない事実だ。
もっとたくさんのことを教えてほしい。もっとたくさん話を聞かせてほしい。もっとたくさん触れ合って、願うならその隣でもっと広い世界を見てみたい。
そんなことを夢見てしまった。
そんなことを夢見てもいいのかもしれないと、思ってしまった。
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