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第4話 眩しい世界⑧
振り返った先には、目をぎらぎらとさせたガラの悪い男が立っていた。グランと比べるまでもない、下卑た視線はあからさまにリンネに対して悪感情を持っている。リンネは警戒を強めて、懐のナイフに手を伸ばした。それを見計らったかのように、路地の隙間から男たちが次々と現れた。
数がかなり多い。見える範囲に四、五人。自分の背後にも複数人いる気配がする。体力や脚力には自信があるし、動物相手の狩りは経験があるが、人間相手の戦闘はしたことがない。
「巫女様、ご機嫌麗しゅう」
わざとらしく丁寧な物言いは、却ってリンネを馬鹿にしたものだ。
「なんだ、お前たちは。失せろ」
リンネが睨みつけても、男たちは全く怖がる素振りを見せず、むしろからかうようにヘラヘラと互いの顔を見合わせながら笑う。
「いやいや、そうはいきませんよ。俺たちはお前を迎えにあがるよう頼まれてるんでね」
僕を迎えに来た? なんのために? こいつらは一体何者だ?
頭の中に疑問がめぐり、リンネは怪訝な顔をする。男は、リンネをもう追い詰めたものだと思っているのか、聞かれてもいないのにべらべらと得意げな顔で語りはじめた。
「町長の依頼でね。お前みたいな魔力を強く持つ人間は高く売れる。だからこの町のお偉いさんは随分と前から、お前を捕まえて売り飛ばすっていう計画を立てていた」
醜悪な計画にリンネは眉を顰める。自分で捨てたくせに、今度は捕まえて売ろうとしているなど、唾棄すべき行いだ。
「でもお前が山にいる限り俺たちは手を出せねぇ。だからあの冒険者に協力してもらった」
「……あの冒険者?」
まさか、と思った。口からこぼれた言葉は、問いかけではなく願いだ。だがそれを踏みにじるように、男たちは下品な笑い声をあげる。
「わかるだろ、グランだよ。あいつは最初っから、お前をおびき出すためにわざわざあの山に行ってたんだよ!」
一瞬目の前が暗くなって、耳の中にノイズが走る。嘘だ、と叫びたくて、でも喉が締め付けられたように空気が吸えなくて、声が出ない。
走馬灯のようにこれまでの日々が頭をめぐる。
手を握ってくれたこと、会いに来てくれたこと、名前を呼んでくれたこと、たくさんの話をしてくれたこと、笑いかけてくれたこと、手を引いてくれたこと。
――贈り物をくれたこと。キスしてくれたこと。
そのどれもが大切な記憶のはずなのに、思い出そうとすると靄がかる。ほんの少し前の幸せな気持ちが、指先をすり抜けるようにしてどこかへ消えて行く。
視界が歪んで、リンネは両手で顔を覆った。男たちが近付く足音も、耳に届かない。一人がリンネの腕を乱暴に掴んだ。
「おら、観念したなら来い!」
「触るな!」
全てに絶望したリンネは、無我夢中で男を突き飛ばした。
次の瞬間、男が勢いよく吹き飛び、地面に転がった。男が起き上がるより先に、リンネの身体から黒い霧が溢れ出し男を襲う。闇に包まれた男は首を絞められたかのように藻掻き苦しみだした。それを見て、周囲の輩たちもざわめき始める。
「なんだこれは!」
「あの山の霧と同じだ……」
「うわぁっ、呪われるぞ!」
何が起こったのか、リンネにもよくわかっていなかった。ただ、自分の中に負の感情が渦巻いている。
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