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第4話 眩しい世界⑨

 だらり、と腕を垂らしたリンネが男たちを睨みつけると、彼らは逃げ出した。リンネはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがてその場を走り去った。  頭の中をぐるぐると形にならないたくさんの考えが浮かんでは消える。  どうして人間なんて信じてしまったんだろう。こんな目に合う事なんて最初から分かっていたはずなのに。  どうして僕は一時だけでも幸せだなんて思ってしまったのだろう。そんなものはまやかしに決まっているのに。  すべてを置き去りにするように走る。周囲の風景が歪んで、後ろに流れていく。  気が付くと、リンネは神殿の前に立っていた。何も考えられないままに扉を開く。  どこまでも深い闇がリンネを迎え入れた。数歩、導かれるようにリンネは歩みを進める。力尽きて倒れそうになった身体を、闇が抱き留めた。 『可哀想なリンネ』  憐れみと慈しみが混ざり合った声に、リンネの心は塗り潰された。  ぽつりと、先ほどまではこぼれなかった涙が溢れて床に落ちる。感情が破裂して、次々とあふれて止まらない。子供のように泣きじゃくるリンネを闇の手が優しく撫でた。  僕にはこれだけでいい。光なんていらなかった。どこまでも深い闇だけが、僕のことを受け入れて、救ってくれる。 『人間は愚かで穢れたものだ。そんなものは、もう信じてはいけないよ』  優しく語りかけられる言葉は、今のリンネにとってはひどく甘美に聞こえた。  もう、これ以上、何も考えたくない。 「はい、お父様。僕はもう二度と、人間なんて信じません……」 『大丈夫だ。私が守ってあげるからね』  闇がどんどんと広がっていき、神殿からも溢れ出すと、黒い風となって山中に吹いた。太陽を遮り、リンネの住処もこれまで以上の薄闇に覆われる。  やがて、リンネは泣き疲れて、小さく鼻をすすって大人しくなった。か弱い背を優しく闇がさする。 『今日はゆっくり眠りなさい。もう何も心配することはない』  リンネは頷くと、ふらふらと神殿を出た。周囲の異変にも気付かない様子で小屋に戻ると、乱雑に貰った服を脱ぎ捨てる。こんな色、僕にはちっとも似合わない。  ベッドに倒れこんで寝返りを打つと、頭に固いものが触れてちくと痛んだ。リンネは髪飾りのことを思い出す。  丁寧につけられたそれを、乱暴な手つきで外す。銀色に輝く髪飾りは太陽を模した意匠をしており、中心には黄色く煌めく小さな宝石が埋め込まれている。  自分のために選んでくれたんだ、頭の中に浮かびかけた感情はすぐにどす黒く塗りつぶされた。  どうせ適当に選んだだけだ。宝飾店の店員だってグルだったに違いない。僕を見て笑っていたんだ。  根拠のない被害妄想がリンネを襲う。だが、今のリンネにとって、どんな真実よりも、最低な想像の方が信憑性が高かった。  人間なんて、一皮剝けばみな同じ。誰も僕のことなんて愛しはしない。信じたところで裏切られるだけだ。  今日、それがわかった。  リンネは手の中の髪飾りを強く握りしめる。窓から外の闇を睨みつけて、大きく腕を振りかぶった。

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