25 / 37

第5話 痛みと想い②

 幻影を追っているうちに、うとうとしてしまっていたらしい。リンネは空間を切り裂くような爆音で目を覚ました。  なんだ、と思った直後に閃光。少し遅れて再びの轟音が地面を揺らし、リンネはそれが雷であることに気付く。どうやらかなり近くに落ちたらしい。 「マズいな」  リンネは窓の外に視線をやって呟く。  下手したら山火事になっているかもしれない。そうでなくともこの雨では、土砂崩れなどの被害が出ているおそれがある。山を守ることはリンネの使命だ。  リンネはフード付きのマントとランタンを引っ掴んで小屋を飛び出した。  外に出ると、雨脚は落ち着いてきているようだった。だが、陽もすっかりと沈んでしまって周囲はほぼ真っ暗だ。ランタンで照らしても一寸先しか見えない。寒気に一度身を震わせてから、リンネは走り出す。  リンネはほとんど勘と野生の嗅覚で進んだ。長い間ここに暮らしていたこともあって、足取りに不安はない。  数時間かけて、小走りで一通り山を巡ったところ、幸いにも大きな異変は無いようだった。安心して、リンネは小屋へと戻ることにする。  そこで、油断をした。 「――え?」  地面がない。  違う、そんなことはあり得ない。リンネは妙に冴えた頭で、すぐに気付く。  ――雨で、崖が。  少し、ほんの少しだけ削れていたらしい。だが、その少しが命取りになった。  身体がふわりと浮かび上がった。スローモーションのように感じたのは一瞬のことで、すぐに体が重力に引かれる。視界の端に手からすり抜けたランタンの光が映ってすぐに見失う。数秒後、リンネは下を流れる川の水面に身体を叩きつけられた。  地面でなかったのは、不幸中の幸い。いや、あるいは、地面に落ちて即死していた方が良かったのかもしれない。  雨によって大荒れになった川に身体がもまれる。どっちが下か上かもわからず、冷たい闇の中、身体が動かなくなっていく。  息ができない、苦しい。口からごぼりと空気が溢れる。このまま自分が死んでしまうのだと本能でわかった。  ――でも、あるいは。  その方がいいのかもしれない。こんな人生ならいつ終わったって一緒だ。人から疎まれて、孤独な自分がこの世界から消えたって、別に問題はないだろう? 『リンネには、幸せであってほしいよ』  なのに、意識を失いそうになった最後の刹那、走馬灯のように思い出してしまった。  あの声を。あの笑顔を。力強くリンネを引っ張る、あの温かな手を。  思い出して、思って、しまった。  死にたくない。幸せになりたい。  もう一度だけでも会いたい、と。  ――けて……。  リンネは幻想に向かって必死に手を伸ばす。冷めきった指先が何も掴めなくても、どこにも届かなくても、真っ直ぐと、遠く、遠く手を伸ばして、  ――助けて、グラン……!  その名前を、呼んだ。

ともだちにシェアしよう!