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第5話 痛みと想い③

「……ネ」  遠くから誰かの声がする。 「……リンネ」  ああ、それは僕の名前だ。僕の名前を呼ぶような人はいたっけ。わからないけれど、何故だか胸の奥が温かくなっていく。  リンネはゆっくりと目を開けた。ぼやけた視界。ぱちぱちと何かが爆ぜる音は焚火だろうか。温かな炎の光の中、少しずつ焦点があっていく。 「リンネ!」  目の前には、何よりも望んだ人の姿があった。 「グラン……?」  思わず彼の名をつぶやくと、リンネが目を覚ましたことに気付いた彼は、今にも泣きだしそうに歪んでいた顔を一瞬にして輝かせた。久々に浴びた煌めきに、リンネは何度か瞬きをする。  もしかして現実の僕はもう死んでしまって、夢を見ているのだろうか。  だが、ゆっくりと身を起こしたリンネにグランが勢いよく抱き着いてきたことで、ここが現実であると実感する。 「よかった、本当に……」  細身なのに力強い彼の身体はぐっしょりと濡れていて、冷え切っている。グランが身を挺して助けてくれたのだとすぐに分かった。  力強い抱擁に、リンネは、無意識のうちにグランを抱きしめ返そうとする。だが、その手が背中に回りかけたところで、力が抜けた。 「どうして僕を助けたんだ?」  リンネは喉の奥から声を絞り出した。  グランが「え?」と声をあげてリンネの顔を覗き込もうとする。彼がどんな顔をしているのか見たくなくて、リンネは静かに視線を伏せた。 「あいつらに言われて僕をかどわかしに来たのか? 最初からそのつもりで僕の前に現れたんだもんな」 「そんなわけっ――」  グランは大きな声をあげたが、すぐにすんと黙った。リンネを抱きしめていた腕が解かれ、触れていた体温が離れる。  突然の沈黙に不安になって、リンネは思わずグランの様子を濡れた髪の隙間から窺った。グランは正座のまま、俯いている。目元には深い影がかかっていて表情は読み取れないが、唇を強く噛み締めているのだけがわかった。 「初めに君のところを訪れた理由が人に依頼されたからというのは、事実だ。この山に囚われている君を助けてほしい、と頼まれて、疑いもしなかった」  グランの言葉に、リンネは心がずんと重くなるのを感じた。  肯定されてしまった。ここで否定してくれたなら、あるいは、と思わなかったわけではない。 「でも君に出会って、助け出す、なんていうのはとんだ傲慢だとすぐに気付いた。二回目からは俺自身の意思だ。俺が君に会いたかったから。あの日町に誘ったのも、本当に、ただ君と、同じ世界を見たくて……」 「そんなの、信じられるわけないだろっ……!」  リンネの口から堰を切ったように言葉が溢れ出す。 「口ではそう言っても、真実かなんてわからない! 人間なんてみんなそうだ! うわべを取り繕っていても、皮一枚剥げば醜悪なことばかり考えている!」  リンネの慟哭を、何も言わずにグランは真正面から受け止めていた。

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