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第5話 痛みと想い④

 言葉とともに肺の中の空気もすべて吐き出したリンネは、大きく肩を上下させてグランを睨みつけた。鋭く、憎悪のこもった視線からもグランは逃れることなくリンネを見つめ返す。その真っ直ぐさに却ってリンネの方がたじろいでしまう。  やめろ、そんな目で僕を見るな、どうしたらいいかわからなくなる。もっと酷い目で見て、僕を失望させてくれ。  リンネが更に強い言葉をぶつけようとするのと同時、グランは床に額をつけるほど深く頭を下げた。 「本当に、すまなかった……! 俺が軽い気持ちで君を連れ出してしまったから、ずっと一緒にいなかったから、君を傷つけてしまった。全部、俺のせいだ……」  心の奥底から振り絞られた言葉。リンネは奥歯を噛み締めて、悲痛ともいえる姿から目を逸らした。 「……言葉だけなら、なんとでも言える」 「君の言うとおりだ。俺が何を言ったって、信じてもらえるだなんて思っていない。それだけ俺は君のことを傷つけてしまったから……」  血が滲むほどに掠れた声には、深い深い悔恨の念が込められている。  言葉ではなんとでも言える、人の心は簡単に偽れる、身に染みてわかっているはずなのにグランの声は胸に突き刺さって、リンネは耳を塞ぎたくなった。 「俺のことを嫌いになってもかまわない。恨んで、呪って、殴って、殺してくれたって文句は言えないよ。それでリンネの気が済むのなら本望だ。でも、一つだけ耐えられないことがある」  深く頭を下げたまま、言葉を紡いだグランは、そこまで言ったところで苦しそうに咳き込んだ。口元を押さえた手のひらに赤い液体がついていることに気付いてリンネははっと息を呑む。  そうだ。この山には今強い瘴気が満ちている。グランが呪いに強い体質とはいえ、身体は確実に蝕まれているのだ。  だが、グランは自分の苦しみなど意にも介していない様子でゆっくりと顔を上げて、リンネの顔を見た。その表情が瞳に映った瞬間、リンネは、ああ、とため息をつく。そんな顔を見たら、気付かされてしまう。 「君がこの世界を嫌いになって、未来を閉ざしてしまう事だけは耐えられない」 「……どうして」 「やっぱり、リンネには幸せになってほしいから」  なんてばかな、お人よしの顔。 「……どの口が言うんだって感じだけどね」 「僕は……」  リンネは手のひらに爪が食い込むほどに強く拳を握り締めた。血潮を失ったかのように冷たい手の、その一点だけが熱を持つ。 「お前に嘘をつかれていたと知ったとき、本当に……信じたくなかった」  リンネはゆっくりと言葉を紡ぐ。それは、傷口に手を突っ込んで無理やりこじ開けるような行為だ。 「体中から力が抜けて、心の中が搔き回されて、頭の中がお前のことで埋め尽くされて、どうしてって、理解できなくて、胸が痛くて、腹が立って……辛かった」  そうだ、僕は辛かった。言葉にすれば、衝動はより強い実体をもって噛みついてくる。  こんな痛みを知るはずじゃなかった。  グランに出会わなければこんな思いをすることはなかっただろう。ただずっと山の中で、深い絶望を味わうこともなく、暗澹とした安定の中でまどろみ続けていた。  世界は広い。そしてあまりにも残酷だ。

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