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第5話 痛みと想い⑤
己が苦しみを見せつけるように、グランに顔を寄せる。彼の瞳の中に、自分が映りこむほどに。
グランは逃げも隠れもしなかった。真正面からリンネを受け止めている。優しくも折れない姿はリンネがよく知るものだった。いつだってグランはリンネに向き合っていた。
「人間なんてこんなもんだって、失望した。もう二度と誰のことも信じないと、思った」
「……ごめん」
「今だって怖い。もしもまたお前に裏切られたらどうしようって、想像するだけで胸が張り裂けそうに痛くなる」
この胸の痛みを、きっと一生忘れることはない。それくらいにつけられた傷は深い。
「でもっ……お前がいないことの方が、もっと、辛かった……!」
ずっと感じていた。
世界は広くて、残酷で、苦しいことがたくさんあって、時には不幸がリンネの心を刃のように突き刺すこともある。
でもどんな苦しみに満ちた世界でも、彼がいるだけで光って見えるのだと知った。彼がいない世界で立つことの難しさも知ってしまった。
「殺されてもいいなんて、それでも幸せになってほしいなんて、馬鹿なこと言うな……。お前が隣にいないまま、幸せになんてなれるわけがない……」
グランがいるというただそれだけで、この世界の方がいい。
一緒にいると楽しいから、笑顔になるから、幸せだから、きっとそれだけの理由じゃない。辛い時も、涙を流しているときも、不幸な時も、隣にいてほしい。
声が、全身が、震える。人に気持ちを伝えることがこんなに不安だという事も知らなかった。怖くなって俯く。
グランはどんな気持ちだっただろう。人間を憎み切っているリンネのもとに何度も訪れて、愛の言葉をくれた。それがどれだけ大きなことだったのかを今になって強く実感する。
リンネは不安な気持ちを抱えたまま、視線を上げた。
「グラン、お前は」
その瞬間、額にキスが降ってきた。あ、と思って目を瞑ると同時、背中に腕が回って強く抱きしめられる。
布越しに、肌と肌が触れ合う感覚。少し速い鼓動が二つ重なって、心地のよい律動を奏で、リンネは身を委ねるように力を抜く。
「俺は、君が、好きだ。リンネのいない世界なんて、考えられない」
リンネによく言い聞かせるように、一つ一つの言葉がゆっくりと吹き込まれる。リンネは返事の代わりにグランの背中に腕を回して、抱きしめ返す。
ああ、そうか、こういう時には好きだと言えばいいのか。たった二文字が、すとんと腑に落ちる。
好き。この男のことが、好きだ。
「俺と一緒に、世界を見よう。絶対に、ずっと一緒にいるから」
その言葉が真実かどうかなんて、誰にもわからない。
だからこそ、強く祈って、リンネはグランの身体を抱きしめる腕に力を込めた。
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