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第6話 永遠なんてなくっても①
ふと目を覚ますと、リンネは見知らぬ部屋のベッドの上にいた。
あれ。グランと抱き合って……それからどうしたんだっけ。そのあとの記憶がない。
ゆっくりと体を起こして周囲を見渡すと、ストーブに薪をくべていたグランと目が合った。優しく微笑まれて、ぼやけた頭が一気に目覚めた。
「大丈夫? 随分と体が冷えてたから」
「ああ……ここは?」
「俺が普段住まわしてもらってる家」
グランによると、もともと空き家となっていたこの家を管理して綺麗に保つ代わりに、滞在をさせてもらっているとのことだ。リンネの服も部屋の中で乾かされていて、今は素肌の上に厚手のローブ一枚を羽織っている状況だ。おそらくグランのものなのだろう、リンネの体格より一回り大きい服は、ストーブで暖められた部屋の空気と相まって、先ほどまでの凍える川の冷たさを忘れさせてくれた。
リンネのことをここまで温めてから、やっとグランは自分のことに取り掛かる。濡れた服を脱ぎ捨てたグランの身体を見て、リンネは目を見開いた。
健康的な色の肌の上にはたくさんの痣や切り傷ができていた。まだ色濃く、ここ数週以内にできたものだとわかる。命に別条があるようなものではないが、痛々しさには変わりない。
「どうしたんだ、それ」
問いかけに振り返ったグランの顔は、意外なことに明るかった。「これ?」とやはり傷ついた自分の腕を見下ろすと、空中をパンチするジェスチャーをした。
「君を連れて行こうとした奴らがいただろ? 奴らをちょっとね」
「あの人数を一人で倒したのか!?」
「……ごめん、嘘」
驚いて、前のめりになると、グランはすぐにしょんぼりと肩を落としてリンネの隣に腰かけた。ベッドが軋んで、肩と肩が触れ合う。
「あの日、俺が飲み物を買いに行ったとき、途中で町長に呼び止められたんだ。リンネについて話があるって」
グランは膝の上で手を組むと、俯いて喋り出した。あの日のことを思い出すだけで一瞬リンネの背中に寒気が走ったが、すぐにもう大丈夫なのだと思い直す。グランも、リンネも、ここにいる。
「俺はそこで初めてあいつらの計画を聞いて……君を助けなきゃって思ったけど、奴らの仲間に囲まれて無理だった。本当は全員ぶっ飛ばしてやりたかったんだけどね」
そんなこと、まったく知らなかった。
あの瞬間、リンネは心の底からグランが自分を裏切ったと考えていた。もしかしたら、そのまま永遠の別れとなっていたのかもしれないと考えるとぞっとする。
「じゃあ、あいつらは今も、僕を?」
「いや、あの時君が追い払っただろ? そのあと山が黒い空気に覆われて、おまけにあの雷雨がきたもんだから、奴らは神の怒りに触れたってすっかり怯えてて……もう諦めたみたい。だから大丈夫」
グランはリンネを安心させるように微笑んだが、やはりどこか力無い。やがて、グランは眉をハの字にして小さくため息をついた。
「結局君は君自身で自分を守ったんだ。やっぱりリンネは強いよ。それに比べて……俺は弱くて役立たずだ」
「そんなことっ……」
「君に何を伝えたらいいのかもわからくて、会いに行くことすら出来なかった。本当にみっともない。軽蔑されても仕方ないよ」
グランが自分の腕を強く握りしめる。その指先は小さく震えていて、自分に対する怒りの感情が見て取れる。
リンネはぐっと下唇を噛んだ。絶対に、他人に対しては向けないような刃を、どうして自分には向けてしまうんだろうか。
耐え切れなくなって、そっとグランの手に触れる。血の気の失せた指をゆっくりと解いた。こちらを向いた頬に優しく触れ、揺らいだ彼の瞳を真っ直ぐ見る。
「でも、立ち向かったんじゃないか」
気付いていた。彼の身体の傷跡ができた日がばらばらであるという事に。あの日出来たとは考えられない、つい昨日できたような傷もそこにはあった。
きっと今日にいたるまで何度も、リンネに害をなそうとするものに立ち向かってくれていたんだろう。どんなに痛めつけられても、諦めずに、リンネのために。
そして、今日、身を挺してリンネを深い闇から助けてくれた。一体誰が彼を弱いだなんて言えるだろうか。
本人が気付いていないなら、何回だって教えてあげる。
「お前は強いよ」
リンネはグランの頭を撫でた。誰かにそうしてもらったように、今度はそうしてあげたかった。グランは何も言わずにただ、その手を受け入れる。彼の表情が少し和らいだのを見て、リンネは充足感を得た。自分が救われた時よりもずっと、心が和らいだ。
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