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第2話 告白

 苑人(えんと)は戸惑いを隠せなかった。  それも無理からぬことだろう。見たこともないほど高いビルに自分が吸い込まれていくのだから。 「どうしたエント、寒いのか?」  シン・シータはそっと苑人の肩に手を置いた。ブルっと身震いをする彼を見て、シンは口元の笑いを殺した。  コス・シータは二人を見つめ、優しい微笑みを浮かべた。 「そりゃ、あなた達にはわからないわよね。生まれた時から都会に住んで、森や山の代わりに高層ビルを眺めて暮らしてきたんだから」  一番後ろにいたえりこが横槍を入れた。 「苑人はこんなエレベーターにだって乗ったことないのよ、たぶん」  苑人は二人を見上げたまま、えりこの言葉に小さく頷いた。 「怖いか?」  またコクリと頷く。 「じゃあ俺たち二人が守ってやるからさ」  そう言うと、シンとコスはお互いの身体を近付け合うと、苑人を二人の身体で挟むように支えた。  えりこは僅かに顔を赤らめた。 「ちょっと二人とも、場所を考えてよね。誰が見ているかわからないんだから」 「えりこ、僕たちもパパラッチに追われるくらいになっちゃった?」 「まだそこまではね」  えりこは真っ赤な革製の手帳を取り出し、カレンダーのページをめくった。 「とりあえず明日の朝まではゆっくりできるわね。全くあんた達ときたら、苑人の事しか頭にないって感じね。そんな姿、初めて見たわ」  そんなえりこの声が届いているのかいないのか、シンは苑人の肩を両手で包むような仕草で撫でていた。 「このサイズなら、上は俺たちのTシャツでも着られるな。だけどパンツは無理だな」 「パ、パンツは自分のを履きます!」 「エント、パンツじゃなくてパンツだ」  抑揚を変えながら、コスが苑人の耳元で諭すように語りかけた。 「じゃ、シャワーを浴びたらランチをして、代官山へ買い物に行こうか」  シンがそこへ口を挟んだ。 「なあコス、思うんだが。エントには渋谷がよくないか? 最近男性用のセクシーなアンダーを扱う店が増えているらしいぞ?」  コスはエントを上から下まで舐め回すように視線を這わし、ぐっと尻を掴んだ。 「な、何をするんですか!」  思わず苑人が声を上げる。後ろではえりこが息を飲む音がする。シンは左手で右肘を掴み、しなやかな指を顎に当てた。 「やっぱり綺麗な身体をしているな」 「そうだな。これだけ俺たちの気を惹くんだ。きっと目には見えないものも綺麗に決まってるさ」  シンとコスは互いの眼差しを重ねるようにうなづき合うと、同時に苑人を見つめた。四つの瞳に抑えつけられた苑人は、視線を外すことさえ出来ず、顔を真っ赤にした。 「さあ、今日からここがエントの家だ。遠慮することはないぞ」  シンの言葉に、苑人は目を白黒させながら部屋の中を見回した。開け放たれたリビングのドアの向こうは、果てしなく続いているように思えた。 「シン、空いている部屋あったよな? お前が洋服を片付けさえすれば使えるだろ?」  コスに睨みを効かせ、シンは唇を尖らせた。 「それじゃ、私は行くわ。事務所に日報を出さなきゃならないし」  シンがそっとえりこに近づき、頬にキスをした。 「ありがとう、えりこ。お疲れ様」 「だからと言って、明日の仕事に遅れるのは許さないわよ」  えりこははにかみを押し殺しながら、強がって見せた。 「分かってるよえりこ。シンにはちゃんと起きるように言って聞かせるからさ」  腰に手を当てながらコスが微笑みをえりこに投げる。 「苑人くん、この二人は悪い人間じゃないから。ただ少し、えっと、普通の人間とは違っているかも知れないけれど……」  シンが近付いてきて、えりこの後ろにある壁に手をついた。 「ちょっ……!」 「えりこ。僕たちはごくごく普通の人間だと思うんだが?」  それを見ていたコスがシンを遮るようにして、えりこをシンと壁の間から引っ張り出した。 「シン、普通の人間はそんなことはしないんじゃないか?」 「そうかエント? しないのか?」  コスはクスクスと笑った。  苑人もつられて笑顔を浮かべた。 「まあ、シンがエントの気持ちをほぐしてくれたことは賞賛に値するがね。さあ、早くシャワーを浴びて出掛けようぜ」 「それじゃ、私は退散するわ」  そう言うと、えりこは玄関に向かって歩き出した。 「えりこ、サンキュー!」  シンとコスの言葉がシンクロしてえりこを送り出した。 「さあエント、シャワーを浴びるぞ」  シンがいきなり苑人の着ていたシャツをたくし上げた。 「ええっ! 自分で脱げます!」  二人の様子を見ていたコスは、いつの間にか上半身に何も纏わない姿になっていた。 「ええっ? 一緒に入るんですか?」 「何か問題でも?」  またシンとコスの言葉がシンクロした。  バスルームは広かった。苑人が想像していたのは人が三人も入ると身動きさえ取れなくなるものだと思っていたようだ。 「広い! まるで部屋みたい」  一番奥には窓があり、明るい午後の陽射しがキラキラと光り、足の付いた湯舟はまさに舟を思わせた。苑人はこれなら大人三人が浸かってもまだ余るほどの大きさだと思った。 「やっぱり綺麗だ、エント」 「ああ。そうだな」  シンとコスはまるで眩しい光を放つ宝石でも見ているかのように目を細めた。  苑人は二人の言葉に、顔を赤らめながら、まだ湯が張られていない湯舟の中で、身を隠すように腰を屈めた。 「エント、お前がどう思ってもいい。言っておきたいことがある」  シンはさっきまでとはうって変わり、神妙な顔つきで苑人を見つめた。 「僕もエントに言いたいことがある」 コスもまた苑人に言葉をかけた。  苑人は恐る恐る湯舟から立ち上がり、二人に向き合った。決して背は高くはないが、しなやかな肢体、適度に日焼けした滑らかそうな肌、その全てがシンとコスを虜にした。 「エント、君を愛している。初めて君を見た瞬間に心を奪われた。だから今ではすっかり愛しているんだよ」  シンが瞳を輝かせながら言った。 「エント、僕も君を愛している。シンが言ったから僕は口にしないが、同じくらいに君を愛している」  苑人は二人を交互に見た。そしてやっと自分の意見を口にした。 「シン、コス。僕も二人が好きだよ。ううん、大好きだ。だからどちらか一人に決めろと言われても決められないよ……」  急に空気が抜けた風船のように、苑人は言葉を失くし、下を向いた。 「エント、聞いていなかった? 僕らは二人とも君を愛しているんだよ? 君に愛して欲しいのは僕らのうちのどちらか一人ではなく、僕ら二人だよ」  苑人はぼっかりと口を開け、二人の男の間で視線を彷徨わせた。

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