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第4話
「真嗣。泣き止まないと、『松峰』連れてってやんないぞ」
隆也は真嗣の両頬を手で挟んで言った。
「えっ…?今日『松峰』に行くの?」
真嗣の涙目が見開いた。
「ちゃんと、予約しておいた。大将もお前と会えんの楽しみにしてるぞ」
「うわぁ、嬉しい。ありがとう、隆也」
「な?俺はお前のことちゃんと考えてたんだから、もう泣くなよ」
真嗣は少し恥ずかしそうに、うん、と頷いた。
「じゃあ、俺、一旦会社に戻って行くから、店で待ち合わせな。六時に予約してるから、泣きすぎで疲れて遅れんなよ」
「わかってるよ…もう」
真嗣は部屋を出る隆也を見送った。
一回だけの電話で、なぜあんなにも不安になってしまったのだろう。冷静に考えればわかるはずだった。隆也は勤務中で周りには人がいて、甘い言葉など言えるわけはないのに。自分の愚かさと心の弱さに真嗣は情けなくなった。部屋のドアを開けると直ぐに抱き合えると思っていた隆也のことを思うと、今更ながら申し訳無さでいっぱいになった。
真嗣は『松峰』がある雑居ビルの入り口の前で隆也を待った。十分ほど待つと隆也が走ってやってきた。
「ごめん。お待たせ。先に店に入っとけばよかったのに。寒かっただろ」
「ううん。隆也と一緒に入りたかったんだよ」
「なんだよ、可愛いこと言って」
隆也が先に『松峰』の扉を開けると、大将の威勢のいい声が聞こえた。
「あぁ、真下さん、いらっしゃい。ってことは後にいるのは、高倉さん? あぁ、お久しぶり」
「大将、ご無沙汰です」
「今日、来られるのを楽しみにしてたんですよ」
真嗣はあの頃と変わっていないこの店の雰囲気に嬉しくなった。
「高倉さん、お元気そうで変わらないですね。真下さんから、たまにお話しをお聞きするんですが、ご実家が蔵元だそうで、新しいお仕事に就くのは大変だったでしょう」
「まぁ、あっという間でしたけどね。大将、今度うちのお酒送りますよ」
「それは、楽しみだな。ありがとうございます。あっ長話になってすいません。いつもの席ご用意してますよ。今夜はごゆっくりしてってください」
最初の一杯目は生中を注文して、再会を祝して乾杯した。その後は熱燗をゆっくりと飲みながら、久しぶりの『松峰』料理を味わった。
「何だよ、俺の顔じっと見るなって」
真嗣は謝ろうか迷っていた。ドアを開けてすぐ抱き合えなかったことを。
「あのさ、ごめんな。俺、なんで不安になったんだろう…せっかく部屋まで来てくれたのに、あんな態度でさ」
「バカだな、何気にしてんだよ。お前さ、ちょっと会わないうちに、女々しくなってないか」
「悪かったって思ってるだけだよ」
「俺も悪かったんだから、もうおあいこだ」
隆也は温くなった酒を一気に飲んで、また熱燗を頼んだ。
「あっ、そうだ。俺、引っ越したんだけど、それもお前に言ってなかったな」
「ひどいな…」
「ごめん、ごめん。この後うちに来いよ。場所も知っておいてほしいからさ」
客の入りが落ち着くと、少しだけ大将も一緒に酒を酌み交わした。数年前に隆也が初めて『松峰』に来た時の話しや、酒造りならではの話しで、大いに盛り上がった。
「大将、また来るからね」
「是非、お待ちしてますよ。高倉さん」
店を出ると、二人は隆也の家へ行くタクシーを待った。
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