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第9話

 隆也が今の会社に入社して間も無くの頃、デザインの確認で、美香が撮った写真を見ていると、その後ろから社長が覗き込んで、綺麗な花嫁さんね、と言った。隆也はしまったと思ったがもう遅かった。 「その花嫁さん、真下君によく似てるわね。ひょっとして、妹さん?」 「あっ…そう…なんです」 「じゃあ、妹さんのウェディングドレスを真下君がデザインして、作ってあげたの?」 「あぁ…まぁ、そういうことですかね」 「あらぁ。素敵なお話ね」  社長はミーハーな性格でもあった。瞬く間に写真とこの話しは美談として社内に広まった。その写真を見た社員の中には、隆也本人ではないかと言われる可能性も考え苦肉の策で、髪を切ったのだった。  そして、数年経った今も、社長の達ての希望で引き伸ばされたその写真がオフィス横の来客用のスペースに飾られているのだった。  そして、写真コンテストを開催した新聞社の女性記者とドレスの件で話した時も美香の話しとの辻褄合わせで同姓カップルの結婚式と言っていた。  真嗣は隆也と同性婚をして、写真の中で隆也の妹とも結婚をしていることになっていた。 「なんか、ややこしい話しだな。で、その俺たち二人の写真が、飾られてるってわけか」  話しを聞き終わった真嗣は言った。 「そういうことだ。だからお前が普通にうちの会社に来ると、たぶん写真の新郎はお前だってわかる。そうなれば、説明すんのが面倒になる」 「で、俺は何をするんだよ」 「ちょっとした、変装だ」  隆也は洗面所からヘアワックスを持って来た。少量を手で擦り合わせると真嗣の前髪を後ろに撫で付けた。額を出すだけで印象が変わった。そして薄い青色のレンズの眼鏡をかけさせた。 「まぁ、これだと、写真と印象も違うし、大丈夫だろう」 「鏡見たい」 「お前さ、話し方もカッコつけた感じでな」 「できないよ、そんなの」  真嗣は洗面台の鏡を見て、困った顔をした。 「俺、こんなの変だろ」 「いや…けっこうイケてる。写真の俺の妹の相手だとわからないようにしてくれよ」 「バレそうになったら、隆也がなんとかしろよ」  そして、真嗣はホテルに戻ると、支度をして隆也の会社に向かった。会社の玄関には隆也が待っていた。 「いいじゃん。高倉酒造さん」  小声で冷やかした。  隆也はオフィスに真嗣を連れて行くと、社長に紹介した。 「社長、高倉酒造さんです」 「初めまして。高倉酒造の高倉です。この度は私どもの『桜日和』が御社のお役に立てて何よりです」 「初めまして、代表の谷山です。お越し下さりありがとうございます。どうぞこちらへ…あっ、その前によかったらドレスを見て下さいな。真下君、ご案内して」 「はい。社長」  真嗣は従順に『はい。社長』という隆也を見て、笑いを堪えるのに必死だった。  その後の商談も、真嗣は極めて紳士的に柔らかな物腰で話し続けた。社長も真嗣に好印象を持ち、他の女性社員の中にも長身でスマートでちょっと粋な感じの真嗣のルックスに目を奪われる者がいた。写真の真嗣と同一人物とは誰も思わなかった。  和やかに商談が終わり、真嗣は隆也に玄関まで送ってもらった。 「お前、イケメン振りが板についてたな」    隆也はちょっとふくれた顔で言った。そんな隆也の様子を気にすることなく真嗣はにこやかに 「バレなくてよかったな。ホッとしたよ。じゃあ、納品日はまた連絡するよ。ねぇ、また、泊まりに行ってもいい?」  隆也はちょっと機嫌を直して 「あぁ、早く来いよ。今度は布団用意しとくから」 「あっ。明後日、隆也の家に掛け布団届くから、受け取っといてね」  真嗣はスマホを隆也に向けた。 「お前、いつの間に」 「ホテルに戻ってから注文した。ベッドのお返し」 「…サンキューな」  真嗣は隆也を抱きしめたい気持ちを抑えて、車に乗り込んで、高倉酒造に帰って行った。  真嗣が帰った後、隆也は高倉酒造の高倉さんについて女性社員からの質問責めにあったのは言うまでもなかった。  

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