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第16話

 真嗣と話しをした二日後、数子は昼休憩をしている誠治に、少し話しをしたいから夜に母屋に来てほしい、と頼んだ。誠治は高倉の長女である恵子と歩いて行けるくらいの所に住んでいた。誠治は夜の八時に行くことを約束した。  誠治は約束の八時を少し回った頃にやってきた。 「お疲れのところ、申し訳ありません」  数子はそう言って、誠治を居間へ通した。居間の座卓には真嗣も座っていた。 「おじさん。こんばんわ」 「おお。まぁちゃんも一緒だったか」  数子は誠治にお茶を出した。 「義兄さん、突然なんだけど。ここの代表を引き受けてもらえないかしら」  誠治は、嗣夫が亡くなった後の経営的な話しだとばかり思っていたため、えっ、と一瞬言葉を失った。 「数子さん…まぁ今は数子さんが代表の代理をしていても、すぐにまぁちゃんが引き継ぐと俺は思っていたんだが、でも、どうして…」 「親バカで申し訳ないんだけど、あの人が亡くなった後、この子に、ここの代表の話しをするとね、不安そうな顔ばかりしてね。この子もいずれは跡を継ぐと思ってたみたいなんだけど、こんなに早くこうなってしまって。歴史のあるこの高倉酒造を守っていかなければいけない、なんていうかその心構えもまだな状態なのに、親としては忍びなくて。できれば主人と一緒に尽力されてきた誠治さんにお任せしたいと思って…お願いします、どうか引き受けて下さい」  誠治はお茶を飲んだ。 「まぁちゃんは本当にそれでいいのか?あんなにも『桜日和』を懸命に作ってたじゃないか」 「…あの時は、親父もいて、おじさんにもかなり助けてもらったから」 「俺は、まぁちゃんのアイデアに乗っただけだよ。これからも、俺はまぁちゃんと一緒に頑張るつもりだよ」 「ごめん。でも俺はまだまだ頼りなくて…」 「話しはわかったけど、これは俺の一存で決められる話でもないから…恵子とも相談をしてどうするか答えをだすよ」  誠治はそう言うと、席を立った。 「数子さん、少し、時間をもらうよ。じゃあ、また明日」 「はい。よろしくお願いします。真嗣、おじさんをお送りして」  数子が玄関まで送るように言ったのは、真嗣の口から本当の理由を話すように仕向けたと真嗣は察した。真嗣も誠治には本当のことを話しておきたかった。跡継ぎのことで迷惑をかけるかもしれないが、隆也を好きになったことを後めたくは思いたくなかった。  真嗣は玄関で靴を履いている誠治に声をかけた。 「おじさん。ごめん、ちょっといいかな」 「あぁ」  誠治も急な話しには何か他に理由があると思っていたようだった。二人は事務所に行った。夜遅い時間では当然誰もいなかった。真嗣は湯呑み茶碗二つと一升瓶を持ってきて、誠治に注いだ。 「おじさん、急な話しでごめんね。実はさ、俺、好きな人がいるんだよ」 「おお。それはよかったじゃないか。で、それがどうしてなんだ?その代表にはならないってのは」  真嗣は一呼吸おいて 「…その…好きな人は男なんだよ」  誠治は湯呑み茶碗を口に運ぼうとした手を止めた。 しばらくして、全てを理解したように言った。 「そういうことか…」 「母さんからも、俺の将来も大切だけど、高倉酒造の将来のことを考えると、背負えない荷物は下ろしなさいって言われて」 「聡い数子さんらしいな」  誠治は茶碗の酒を一気に空けた。 「わかった。まぁちゃん、本当のことを話してくれてありがとう。この話しは墓場まで持っていくよ。ただ、一つ条件というかお願いがある」  真嗣は誠治の顔をじっと見た。 「今まで、まぁちゃんがしてくれていた、そのホームページ?を作ったり、新商品の企画や…酒造り以外の宣伝や広報的な仕事は続けてほしいんだ…なにしろ、おじさんは、そのパソコンをカチャカチャするのは全くの苦手でね。今の右肩上がりの業績はまぁちゃんが頑張ってくれたおかげだと思っている。離れた場所からでもパソコンの仕事だったら続けられるだろう?給料は今いくらもらっているのかはわからないが、見合う分は支払うから。この荷物は下ろさないでくれないか」  真嗣は誠治に話してよかったと心底思った。 「おじさん…ありがとう。わかったよ。微力ながら俺も頑張るよ」 「何が、微力だ。謙遜も度が過ぎると嫌味になるよ、まぁちゃん」  そう言って二人は笑って、しばらく酒を酌み交わした。

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