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第一話 部下の見送り

 猫毛をふわりと揺らしながら靴べらでスニーカーを履くと、彼は人懐っこい笑みを浮かべて振り返った。   「今日はありがとうございました。俊さんのご飯、とっても美味しかったです。特にあの食用のバラ、あんなに美味しいなんて知りませんでした」  その言葉にお世辞の色はなく、俊はそれを素直に受け取ることができた。  爽やかな見た目通りの彼とは今日が初対面だというのに、旧知の仲のように親しくなった。  コミュニケーションお化けとは彼のことを言うのだろう。   「よかった。お粗末さまでした」 「気をつけて帰れよ。雨、凄いからな」  そんな彼に、俊の隣にいた哲が傘を渡した。  これは予備の傘だから貸しても問題ない。  むしろ予備の傘だらけだから貰ってくれた方がありがたい。  俊は天気予報でも予告のなかった突然の雨にひっそりと感謝した。 「はい! 傘もありがとうございます。じゃあまた来週。お邪魔しました」  彼が玄関扉を開けると、視界が不明瞭な外の景色が目に映った。  車で送っていきたいところだが、三人とも飲酒しているためにそれはできない。  タクシーを呼ぶと提案したものの、駅はすぐそこだからと断られた。  彼は土砂降りに怯むことなく颯爽と玄関扉を潜り、この家を後にした。  哲は片足でサンダルを履くと、鍵二つとU字ロックを施錠した。  俊はサンダルを揃え終わった哲と手を繋ぐと、先程まで三人で談笑していたリビングへ足を向けた。 「いい子だね、彼」 「だろ? 犬みたいになついてくれて可愛いの。しかもぽやぽやしてるようで仕事も出来るってんだから、ありゃ大物になるぞ」 「頭の回転も早いよね。話しててすぐにわかったよ」  総務課に所属しているものの、その話術は営業畑の者と比べても遜色ないものだ。  それを社外向きに活かせないのはもったいないとは思いつつ、あちらこちらの部署に板挟みになりがちな総務課には必要な人材ではあると納得する。  彼を嫌う者はそうそういないだろう。   「あいつとは長い付き合いになりそうだからな」 「だから連れてきたのか」 「そういうこと」  哲はしたり顔をして俊を見やった。  それにやれやれとポーズを取ると、二人は片付けに取り掛かった。

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