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第4話 自宅に露天風呂
もたもたと、リーンはやっと脱ぎ始めた。
「先に入ってていいぜ?」
「なんで?」
「心底不思議そうに言うな。前も言ったが脱いでいるところを見るな! 何が楽しいんだ本当に。お前だって嫌なことされたら嫌だろ?」
ぷんぷん怒る先輩に真顔で返す。
「遅刻はいいんですか?」
俯き、リーンはグッと拳を握る。
「よし分かった。……殴ってくれ」
「冗談ですよ。でも、ニケもキミカゲさんも心配してましたよ」
「あとで叱られてくる」
結局二人そろって風呂場に入り、桶で身体を流す。
「自宅に大浴場があるってすげーよな。しかもお湯が滝みたいにずっと流れっぱなしだし。ここって火山地帯だっけ?」
「背中流しましょうか?」
「お前が背後にいると落ち着かないからいい」
雨音を聞きながら身体を洗い、湯に浸かる。簡単な屋根と目隠しの囲いがあるだけでほぼ外なので風が心地いい。風で湯気が水面を転がるように散っていく。
「な、なあ。ちょっといいか? 変なこと聞くけど」
ばしゃばしゃと湯を蹴って、幸せそうに顎まで浸かっている後輩に近づく。
「ぶっ! ちょ」
そのせいで頭から湯を被ったフリーは手のひらで顔を拭う。
「んも~。なんですか?」
「……えっと……」
言いづらいことなのか目が泳いでいる。
黙って言葉を待っていると、リーンは何を思ったのかすぐ隣に腰を下ろした。肩が触れそうな距離だ。ほくろのあるうなじと濡れた肩が眩しい。瞬時にリーンへ伸びかけた右手を、理性(左手)がサメのように食らいついて阻止する。
そんな水(湯)中の攻防に気づかず、リーンは手のひらを見つめる。
「あのよ。ニケさんに月花……ユメミソウの方が伝わるか? ユメミソウのにおいに似ているって言われたんだけど、お前は?」
「ん?」
「お、お前は俺の……体臭? くさいと思うか?」
フリーは目をすがめる。
「なにか、失礼なこと言われたんですか? 呼びましょうか? 呼雷針」
「呼ぶな呼ぶな。そうじゃなくて……。俺も知らなかったんだけど、種族によって星影の体臭って、与える影響が違うようだから。お前はどうだ? 頭痛くなったりとか、気分悪くなったりとか、ないか?」
「ないですね」
即答され、リーンの顔が引きつる。
「先輩が側にいて、嫌な気分になったことないです」
「えー。うー。あー……そう、か?」
「はい」
笑顔で頷き、話は終わったと思ったのかざぱぁと湯から立ち上がる。
「じゃ、俺は先に出てますんで」
ギョッとして後輩の左腕を掴む。
「おおおいっ? 終わってねえよ? 話」
「? そうですか?」
あんまり湯に浸かっているとのぼせそうになるのだが、自分を見てくる先輩の上目遣いにやられて再び腰を下ろす。
(くそっ。上目ってなんでこんな魅力的に感じるんだろう。あらがえない!)
頭を抱えているが後輩の奇行はいつものことなので無視する。
「それで、悩んだんだけどよ。俺、洗濯屋やめて本格的に光輪を探そうと思って」
フリーは両手を湯に沈める。
「それって、オキンさんの下につくってことですか? あんなに嫌がってたのに」
「まあな。背に腹は代えられないし。それで、その……」
「じゃあ、競争ですね」
「え?」
見開かれた目がこちらを見る。
「俺も光輪探しますんで、どっちが早く見つけるか。競争ってことで」
「……ああ」
望んでいた言葉だったのか、リーンは嬉しそうなホッとしたような顔を見せてくれた。こういう表情は素直に可愛いと思う。
フリーは良い笑顔で親指を立てる。
「俺が先に光輪を見つけたら」
「なんだよ? 褒美でも欲しいってか?」
茶化すように笑うリーンに、フリーは急に真顔になった。
「俺が先に見つけたら、光輪叩き割りますんで」
静寂の精霊が湯の温度を確かめるとどっか行った。
「なんでだよ! あれ? おまっ、俺の味方じゃなかったんか?」
勢いよく立ち上がるリーンに白けた目を向ける。
「だって光輪発見したら帰るんでしょ? ふざけんなマジで」
「いや! おま、お前がふざけんな!」
いかん。ニケさんが危惧した通りになってる。フリーの両肩を掴んで揺さぶる。
「光輪見つけたら俺に渡せよ? 壊すとか、余計なこと考えるな。いいな?」
「俺の全力を持って破壊します。先輩がいなくなるとか嫌すぎる」
「身体の一部を壊されるとか、俺も嫌なんだが⁉」
しばらくフリーのほっぺを伸ばしたりぎゃあぎゃあ騒いでいたが、のぼせてきたので二人揃って湯から上がる。
「「……」」
脱衣所で身体を拭う。身体を拭く用の布が一人何枚でも使用可能と、丁寧に張り紙がしてある。なんて贅沢なんだ。でも欲張らずに無駄遣いは避ける。
布一枚で身体も髪も豪快に拭いているリーンが、むすっとした顔で見上げてくる。
「なあ。お前本当に頼むって。光輪って再生不可能なんだよ。骨や歯よりも頑丈だけどさすがにお前の雷には耐えられないぞ」
言いながら眉が下がり八の字になってくる。先輩の困り顔って、いいな。もうちょっと虐めたら泣くだろうか?
先輩の泣き顔はものすごく見たかったが自重した。
「しょうがないですね。我慢します。先輩を傷つけたいわけではないので」
ぱあっと明るくなったリーンにさわやかな笑みを見せる。
「おおっ。そうか!」
「見つけたらくすりばこの木の下にでも埋めておきますね」
「お前。俺のこと嫌いだろ?」
「好きか嫌いかで言えば、大好きですね」
なんやこいつと思いながら、湯上りの身体を浴衣で包む。
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