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第5話 迷子
「先輩。浴衣姿似合いますね」
「俺様は甚平の方が好ましいんだけどな」
この浴衣もサイズ別に棚に並べられており、フリーは二番目に大きい浴衣を手に取った。一番大きい浴衣は広げるとちょっとした絨毯並みになる。ここまでの巨体の持ち主がいるということなのだろう。一体どんな方で、どんなもふもふを装備しているのか。あああ。今物凄く花子さん(ランラン)に会いたい。
リーンは着物姿の己を見下ろす。
「……これも星柄に染まっちまうけど、いいんかな?」
借り物の浴衣の柄を変えてしまっていいものなのだろうか。
気にするリーンに、さらっと答える。
「いいんじゃないですか? 浴衣がきれいになって嫌がるヒトいませんよ。それに駄目なら先輩用の浴衣が別で置いてあるはずです」
一応、二人で少し探したが「星影用の浴衣」という張り紙はなかった。
リーンはやれやれと肩を竦める。
「ま、もしなんか言われたら浴衣買い取ればいいしな」
「俺が買い取りたいくらいですよ」
「お前には星柄の着物、似合わねーよ」
笑い合いながら脱衣所を出る。幅が結構ある廊下。さて……
「どっちから来たんでしたっけ?」
「わからん……。赤髪の女性に掴まれて、気がついたらここ(風呂場)だったからな」
初めての場所と言うのもあるだろうが、どっちから来たのかまったく思い出せない。
仕方ないので助言通りに誰かが来るまで待つこととする。この邸宅に何人住んでいるのかは知らないが、広いからにはそれなりの人数がいるはずだ。すぐに誰か通りかかるだろう。
気楽に考え、フリーは壁にもたれる。
「先輩の輪っかは、青いんでしたっけ?」
「ん? ああ」
「どのくらいの大きさですか?」
リーンは頭を指差す。
「俺の頭よりちょい大きめかな。使わないときは首飾りみたいに首にかけておけるけど、それなりに重いから肩凝るな」
懐かしそうな目をするリーンに、意地悪しないで光輪を見つけたら返そうとため息をつく。
「先輩だけ青い輪っかって話ですけど。オキンさんみたいに色が違うと強いとか、そういうのあるんですか?」
「え? さあ……? 前例がないからなんも分からん。でもまあ、喧嘩じゃ負けなしだったぜ?」
ふっふーんと威張る先輩。ほほ笑ましそうな目を向けているとムッとされた。
「お前、舐めてんな? 星影はみんな鍛えてるから、大人たちはオキンさんに負けないくらいバッキバキなんだぜ? つまり、いずれは俺もそうなるってわけだ!」
「え? そうなんですか? 大人になってもひょろいのかと思ってましウッ!」
脇腹を肘で突かれた。
「筋肉美を競う大会があれば優勝しているくらいだぜ?」
自慢げな先輩には申し訳ないが、行くならランランの大会に行きたい。
「フィジカル面じゃ、そうそう負けねーよ」
「星影ってそんなゴリゴリになっちゃうんすね……嫌……」
「なんか文句あんのか?」
残念そうな目のフリーの腹を一発殴っておく。
「食ったもん出る……」
「だいたいお前はな! 正直にものを言いすぎなんだよ。嘘つくよりかはいいけど……それに」
腹を押さえてうずくまる後輩を蹴っていると曲がり角の向こうから、黒い物体が出てきた。
「「え?」」
ビクッと肩が跳ねたリーンの盾にされていると、その物体はこちらに歩いてくる。だが顔があったので、物体ではなく人物だと知れた。
リーンはホッとして盾を放り捨てる。
「俺の扱いが雑だと思うんだ」
「ああ? うるさいぞ」
軽口を叩き合いながらも緊張した面持ちで、ずんずん近づいてくる人物を見上げる。
黒い人物はフリーより大きかった。猛禽類に酷似した足で、歩きづらそうに板張りの廊下を歩いている。目元を覆う不吉な包帯に、包丁のような角が二本。忌まわしき混血の特徴だが、その知識がないフリーと星影はこれで部屋に行けると元気よく挨拶した。
「こんにちはー」
「すいません。道を教えてくれると助かります」
「……っ」
黒い人物は一瞬たじろいだように見えたが、すぐに頷いてくれた。
「どうぞ。こちらですよ」
ホクト達と同じ黒羽織――だが、白い糸で果物の刺繍が施されている――の後ろについていく。
「お風呂、気持ち良かったねぇ」
「あれに毎日入れるとか羨ましいよな」
大衆浴場はあるが、お湯に浸かるのではなく湯帷子(ゆかたびら)を着て蒸気の中で汗をかく様式だ。紅葉街にきて初めて大衆浴場に行ったとき、超上機嫌で湯に浸かれると思い込んでいたフリーはずごんと落ち込んだ。ニケの宿のヒノキ風呂がどれだけ豪華で贅沢なものだったのか、思い知った。ヒスイは絶対許さない。
だがその怒り火も鎮まってきている。
「先輩。ここで働くなら毎日入れるんじゃないですか?」
「いや、まだ採用されたわけじゃないんだけど……。まあ、楽しみにしておくぜ」
しばらく歩くと見覚えのある廊下に出た。
嬉しそうにフリーは手を合わせる。
「やっと戻ってこれた」
「ありがとうございます」
「……、……いえ」
真っすぐにお礼を言われ、黒い人物は顔を背けるとそそくさと去って行った。その背を見てリーンは「見ない種族だな」とは思ったが、それ以上気にしなかった。男だし。
そういえばニケが寝ていたはず、思い出したフリーはそっと戸を開ける。ニケの頬をつついていたおじいちゃんが、ぱっと顔を上げた。
小声で笑いかけてくれる。
「おかえり。……おや。お風呂行ってたのかい?」
「はい」
「お! キミカゲ様。お邪魔し」
ニケが寝ていることを知らないリーンが声を上げるが、神速で飛んできた手のひらに口を塞がれる。
「?」
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