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第7話 なん……だと……

「そ、そんな細くねーだろ? へ、へへ平均だよ」  声が震えているリーンに申し訳なく思うが彼は、実力はともかく外見は華奢な方だ。  膝に座っていても、細い枝二本の上に座っているようで落ち着かない。  そんな目線と顔色を読んで、リーンは納得いかないと抗議する。 「ええっ? 待てよ。あいつだってモヤシじゃんか! この中で一番のオタマ弱者だろうが。なのに、俺様だけ小枝扱いとか」  変な言葉を生み出さないでいただきたい。  モヤシの仲間が捨てられた仔犬みたいな目を向けてくるも、キミカゲ以外無視した。  ニケは顎に指をかける。 「ううむ。別にモヤシ論争をするつもりはないのですが……。やはり椅子はフリーに限りますね。座り心地は置いておいて、雑に扱っても良いという安心感がありますから」  キミカゲに頭撫でられていた仔犬(大型)が不安そうにこちらを見てくる。 「フリーはどんだけ雑に扱っても、長時間もたれても、汚してもいいですけど、お二方にそんな無礼は働けませんからね。うん。その違いでしょう」 「……」  例えるなら座るのに躊躇する高級椅子と、気安く座れる自分の椅子の違いか。  自分で結論にたどり着きすかっとしている幼子を見つめる。子どもって残酷だなぁと少年は感じたが、肝心の椅子がなんか嬉しそうなので何も言わず目も逸らす。 「そんなわけで」  ぽてぽてと犬耳が歩いてくる。キミカゲの熱視線を無視して自分の椅子に腰を下ろす。 「ふう。落ち着くわ」 「光栄です」 (なんだこいつら……)  いちゃつくダシにされた気がしないでもないが、ツッコミ放棄を貫いた。  リーンは持っていた書物を頭上に掲げる。 「さっきから気になってたんすけど。この妙に表紙が分厚い本って、異国のものですか?」  頬を揉まれている幼子の頭を撫でていたキミカゲが頷く。 「そうだよ。……それは砂の国の言語だね。オキンの下には異国から来た子もいるから、あの子は数か国語なら話せるよ」 「……、あ、ありがとうございます」  聞きたかったことを全部先に行ってくれたので、リーンは口をぱくぱくさせながらも礼を言った。 「砂の国かあ……」  表紙を見て口角を上げている先輩に、フリーもつられて笑う。 「そういえば。砂の国に旅行に行きたいとおっしゃって、言ってたよな」  急に敬語をやめたせいで事故を起こしている後輩に苦笑する。 「もういいぞ? 無理に敬語やめなくて」 「すまん……。どうしてか、敬語の方が楽なんだよ。なんでだろう」  申し訳ないと頭を下げるフリーを見ずに、リーンは異国の本を開いてみる。 「いいって。なんかお前が標準語で話しているとドキッとするし……。敬語の方が似合ってるって。俺も無理に敬語やめろって言って悪かったな」  金青の瞳は珍しい異国語を追いかけているが、彼は自分の発言に気づいているのだろうか。  フリーは目を丸くしながら口を開け、ニケはむうっと頬を膨らませる。おじいちゃんはそんな白と黒頭を「今だ~」とばかりによしよしと撫でた。  ニヤつくのを押さえられないといった表情のフリーの頬を摘まむ。 「リーンさんは何故砂の国に興味が?」 「んー?」  空返事だったが、リーンの表情は徐々に赤みを増していく。 「ど、ドールさんが……。砂の国に咲く花に興味があるようなことを、言ってたんで。土産にひとつ、持って帰りたいな、と」  名前を言うだけで照れている。そこまで好きになれるヒトがいるのは羨ましい。  頬を摩りながらフリーは口元を犬耳に持っていき、声をひそめる。 「砂の国も尖龍国みたいに名前、あるの?」  くすぐったそうに耳をぴこぴこ動かし、ニケは振り返る。 「ん? もちろん。子亜楽脱国(こあらだっこく)という。面積の七割が砂地岩地の乾燥地帯だ」  フリーが両腕を広げる。 「子ども抱っこ国? よろこんで」 「翁……。阿呆の耳って取り換えできませんか?」 「無理です」  笑顔で首を横に振られ、犬耳がぺたんと倒れる。 「かわいいよね~。その耳」  ニケに言ったのだが、命の危機を感じたリーンが自分の耳を押さえる。  リーンの方に首を向ける。 「………先輩の耳ももちろん素敵ですよ?」 「二度と耳の話題を出すな。えぐるぞ」 「どこをっ?」  フリーの肩によじ登り、リーンを見下ろす位置につく。何故登ったのかと言うと、フリーをよじ登るのが楽しいからとしか言えない。暇つぶしにもってこいである。 「ディドールさんが気にしているお花って、どんなのです?」 「んっと……。象牙丸(ぞうげまる)って言ってたかな」 「厳つい名前ですね」  頑張って厳つい花を想像していると、キミカゲはよっこらせと椅子に腰かけた。 「象牙丸は、サボテンのことだね」  当然のように知っておられる年長者に、三人の視線が集まる。 「さぼてん……? 動物の名前ですか? もふもふしてます?」  花を咲かす動物ってなんだよというニケとリーンの視線に気づかない白髪。目が輝いている。 「ちくちくした棘を生やした植物でね。乾燥高温地帯で見かけるよ。……植物だからね?」  不満そうだがフリーが頷いたのを見て続ける。 「象牙丸はそのお花で、黄色や桃色があるよ。大きな花で甘い香りが特徴かな」 「そういや、ディドールさんの屋敷も桃色のお花で囲まれていますよね? あれは、象牙丸ではないんですか?」  仕事初日で散らしてしまい、叱られていい思い出が無いがあの花も美しい桃色だし、棘があったはず。  首を振ったのはリーンだった。 「ちげえよ。あれは薔薇。……ドールさんが一番、愛している花だよ……」  当時の恐怖を思い出したのか、洗濯屋共がずうんと落ち込んでいる。思い出を共有できないニケは小さくむくれる。  ふと思い出し、キミカゲは天井を見上げる。 「あ、でも。サボテンはこの国には持ち込めないよ?」 「ほあっ?」  隣の部屋にまで聞こえそうな悲鳴だった。 「な、なななぜ? こ、この国はドールさんの笑顔が見たくないのか?」 「落ち着いてください。リーンさん」 「輸入禁止だった気がする。……あれ? それは百年前のことだったかな? 今はよかったんだっけ? ……ごめん。中途半端なこと言っちゃって。あとでオキンに聞いておくよ」  百年前を最近のように言われても反応に困る。フリーは床に突っ伏している先輩に同情の目を向けた。 「そんな悲しまなくても……。一緒に砂の国に行けばいいじゃないですか」  がばっと顔を上げた。 「ばっっ! ……っか、お前。じょ、女性とふたりきりでりょ、旅行なんて……!」  目がぐるぐる泳いでいる。そんな動揺することなんだろうかと首を傾げるフリーに、ニケとおじいちゃんはこの辺の教育をどうすれば……と額を押さえていた。これを放置しておけば、フリーは何も考えず女性とふたりっきりで旅行したり同衾したりしそうで怖い。  大切なことなので確認しておこう。 「ねえ。フリー君は、性の知識はどの辺まであるのかな?」 「なんですか、それ」  なんですか、それ……だと?  数百年ぶりに衝撃が走った。  性知識ゼロ。これは加害者になってしまうことだってあり得たのだ。よく今まで無事だったなと言いたい。  ニケがしっかりしていたからだろうが。八歳児に頼りきりだったという状況にキミカゲは顔を覆い、リーンも「うわぁ」と顔をしかめている。 「ちょっと……オキンの書庫に『親子で学べる性と生』みたいな子ども用の書物があったはずだから。かか、借りてくるよ……」 「それ。いいですね。僕にも見せてください」  興味があるように言われて、ニケもまだ一桁児なのを思い出す。 (そうじゃん! この子が一番年下だった……。駄目だ。しっかりしすぎていて忘れる)  アビーめ。幼い子を置いて逝くなんて本当に許せない。性教育を私に押し付ける気だったな、と理不尽な怒りを友へとぶつける。  性教育は思春期になる前にするのがベストだ(キミカゲ談)。お子様が「おっぱい」や「ウンチ」を楽しそうに言いだしたときがチャンス!  ん? フリー君は、十八だけど精神年齢はいくつくらいだろう。思春期ちょい前くらいかな?  でも待ってほしい。私は妻はいたが子どもはいない。よって子育ての経験はゼロだ。代わりに結婚していないのに子沢山、な妹の子育てを数百年手伝いはしたが、あくまでも手伝っただけ。これを子育て経験に数えていいのか悩む。なので、偉そうに言える立場では…… 「なんの話ですか?」  混ぜてほしそうににじり寄ってくる青年に、ニケとキミカゲは素早く視線を交わす。 「ちょっと待っててね?」 「え? はい」  部屋を出てオキンの書庫へと足早に向かう。もう立場がどうとか言ってる場合ではない。この機を逃さずフリーとニケと、性について話し合うのがいいだろう。……どうせ台風で暇だし。

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