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第21話 大層な身分

「その角、引っこ抜いてやろうか?」  青筋を浮かべるオキンに、いじいじと左右の指を絡ませる。 「違うんですってー。オキンさん、ぜんぜん神社にお茶しに来てくれないから寂しくてー」  後ろで申し訳なさそうにしている従者をちらりと見て、また虚空に視線を戻す。 「何が楽しくて貴様と茶を飲まねばならんのだ。貴様と飲むくらいなら泥水を啜っている方がマシだ」 「神使である私を泥水以下だと⁉」 「そんなこと言っていない」  憤慨する神使にうんざりした声を返す。 「貴様は気兼ねなく触れ合えて話が出来て身分を気にせず一緒に茶を飲んでくれる、ついでに神も恐れない相手が欲しいだけだろう?」  アキチカはビシッと指差す。 「そうですよ? 分かってんじゃん! 分かっているならお茶しに来てくださいよ! その条件に合うヒトが、この世界にオキンさんしかいないんですから」  人肌恋しいのか、遠慮なく縋りついてくる。子どものような行動に反射的に抱きしめかけたが、鋼の意志で腕を自分の背中に隠す。  竜は鼻で笑う。 「笑止な。世界は広いのだ。そのような相手はごまんといるはずだ。貴様がそういう友人を見つけられることを心から祈っておく。では、ワシはこれで」  華麗に立ち去ろうとしたが見事に着物の裾を掴まれた。 「その『早く立ち去りたい』オーラを少しは仕舞いませんか?」 「……茶がしたいのなら。ふむ。そういう相手なら伯父貴が適任だと思うが?」  今度はアキチカが顔をしかめる。 「えー? キミカゲさん、やだー。いつも追いかけっこが始まるもん。落ち着いて茶ぁ飲めないよ」 「? 貴様らは随分仲が良かったと、記憶しているが?」  何気なく言われアキチカは愕然とする。 「オキンさんまでワイズと同じこと言いだしたーっ! この世の終わりだよもう……」  顔を覆う青年に、ワイズハートはげんなりと首を振る。 「我が、主よ。冗談でも神使がこの世の終わりを口になさるな……」 「オメーのせいだよ!」  くわっと怒鳴られるも、ワイズの頭上にはハテナしか浮かばない。 「それより貴様も巡回をしていたのか? 大層な身分でご苦労なことだ」  青年が身につけている豪華な着物に目を向ける。  有益な力を持つ神使はあまり自由には出歩けない。その力と神との繋がりを失うことを恐れる権力者により、行動や会うヒトまで制限されているものだ。  海の外で実際にオキンが聞いた話だが、神を尊び神使を大事にするあまり、聖都では生涯外出禁止になるんだとか。一生を聖堂内で終える、か。衣食住には困らないだろうが、家畜と変わらない気がする。  それなのに。残念なことにどうしてこうもこの街の神使は自由なのか。ゴールグースを手に入れられたことが大きいとは、分かってはいるが。  アキチカは少し窮屈そうに、着物の首元を緩める。街人の前では絶対にしない仕草だ。 「いやあ~。もしかしてキミカゲさんが見回りをしているかもしれないじゃん? そう思うと心配でさ~」 「もう少し、まともな嘘をつけ」  この世の終わりとまで言った口で、よくぞまあほざけたものだ。  アキチカはうぐっと口の端を引きつらせる。 「……夜回り好きなんだよね。でないと日中は、ずっと神社にいるし……」  何度目か分からないため息を落とす。  自由とは言うが、この街から出られるわけではない。土地神(その地を守護する地主)に仕えているのだ。たとえその土地が滅ぶようなことがあっても、アキチカは紅葉街から動けない。 「双子巫女や宮司さんが話し相手になってくれるから楽しいけど、頭カラにしてぼーっと空を眺めたくなる時があるっていうか」  神使の話を聞いていると、息苦しくなる。  力と引き換えに自由を失う。  神使になりたいと、望んで「いない者」ばかりが神に選ばれるからだろうか。 「……」  口を閉ざす竜と従者に、「やば。暗い話しちゃった」とアキチカが慌てる。 「まあ、食いっぱぐれることがないから、ぜんぜん快適だけどね!」 「……」 「……」  誰も笑ってくれず、アキチカは怒る。 「笑えよ!」 「怒るな。……そうそう、貴様。青く光る物体を見かけたことはないか?」 「は?」  リーンの光輪探しはベゴールに任せているが、オキンも気にかけてはいる。  アキチカは顔の横で揺れる、角につけられた装飾を指で弾く。 「青く光る物体? 青く光る神様なら知っているけど?」 「神の話はしていない。光る輪っか状の物だ」  よく分からないと言いたげに従者を振り返る。獣の面が左右に動いているので、ワイズもそのようなものは見たことないようだ。 「知らないなあ。もしかしてオキンさん、落とし物しちゃったの?」  おじいちゃん以外の不幸には胸を痛める神使は、悲しそうな顔を見せた。 「うむ」  オキン自体が落としたわけではないが、子分の落し物はオキンの落とし物なのである。 「そうなんだ……。じゃあ神社に参拝に来るヒトたちに聞いといてあげるよ」  善良な者が多いのか、この街の者は神使の言葉に割とほいほいと従ってくれる。  これは助かる。 「ありがたい。もし貴様の方が先に光輪の情報を手に入れたならば、茶の相手くらいいつでもしてやろう」  上機嫌になりフッと笑うと、アキチカは子どものように飛び跳ねる。……傘が同じように上下したため、角がぶつかることはなかった。 「やったあっ。言ったからね? 神使である私との約束を破るなんて、許されないよ!」 「ん?」  約束を破る? そんな情けない男が母上の息子を名乗るなど、それこそ許されんぞ。 「無論だ。そこそこ良い茶と菓子を持っていってやろう」 「……」  そこそこと言いながらオキンさんは高価なものを持ってくるからなぁ……、という声は聞かなかったことにする。  「失礼します」と、声をかけてワイズが割って入ってくる。 「我が主よ。そろそろ神社に戻りましょう」 「はあ? まだ見回りに出たばっかじゃん。ワイズってば疲れちゃったの? 歳なの? 歳なの? ん? ん?」 「……」  従者の目の前に立ち、すごくうざ……煽り顔でゆらゆらとワカメのように身体を揺らして挑発をしている。オキンならデコピン(鉄粉砕)くらいはしているうざさなのに、獣面の男は見えていないかのように声に乱れがない。 「お身体が冷えます。主ってば神の加護を貫通して風邪を引く才能の持ち主じゃないですか。私は心配なのです」 「いらっとした」  煽るわりに煽り耐性が低いな、この神使。  アキチカが拳を振り回すが掠りもしないし、傘はアキチカの頭上に固定されたまま動かない。  オキンが見守る中、虚無を感じたのかアキチカはだらんと両腕を下げた。 「せめて三十分は見回りしないと、巫女たちに『もう帰ってきたんですか?』って言われちゃうだろ」  ワイズは面の奥で瞬きする。  そんなこと言いますかね? スイーニー(双子巫女姉)は言いそうですね。  とはいえ……、 「お言葉ですが。オキン様と会った時にはすでに、三十分は経過していましたよ」  え? マジ? みたいな表情の主にこくんと頷く。 「楽しい時間ってあっという間だよね。――で、でも、もうちょっとだけ。あと十分くらい街をぶらついて」  なんだ。帰りたくないから、この時間を長引かせようとしての行動(煽り)だったのか。立派な角のクセに、五歳児みたいなことをするではないか。 「従者を困らせるでない。それと、雨生川の様子はワシが見てくるから、念のため貴様は近づくな。ではな、小僧」  軽く片手を挙げて嵐の中を消えていく。  残されたのは頬を膨らませているアキチカとワイズだけとなる。  アキチカが地団太を踏む。一流の舞い手なせいか、ただの地団太でも妙にリズミカルだ。 「な、なにさー! オキンさんのクセにおっかあ……じゃなくて母様みたいなこと言うじゃん! ワイズだって別に困ってないし」 「いえ。今現在進行形で困っております」 「ほらあ、困ってないって言ってるじゃん!」 「聞いておられますか? 主?」  それと、いい年していつまでも地団太を踏まないでください。見てて面白いですけど。  神使業務時間外(周囲にヒトがいない)なせいか子どもっぽくなっている主は、んべぇと下を突き出す。 「ふーんだ。ふーんだ。別に僕はオキンさんの子分じゃないもんねー! 言うこと聞くギリはないもん。んべーだ」 「私、主のことめっちゃ好きですよ。お慕い申し上げております。生まれ変わって神使とゴールグースでなくなったとしても、お側にいます」  暴れていたアキチカの動きが止まる。 「急にどした?」 「聞こえてるんじゃないですか。帰りますよ」 「謀ったな!」  主の鎮め方を熟知しているワイズは、さあさあとアキチカを神社方面へ促す。 「むううっ」  もはや街人どころか背後の従者にも見せられないふくれっ面になった青年は、水を蹴りながら乱暴な足取りで神社へ歩く。  親の顔より見た鳥居の近くに来たところで、顔を戻したアキチカはちらっと後ろを振り向いた。 「……さっきの、本当?」 「はい?」  小声をばっちり拾っている聴力良従者が首を傾げる。 「だからさ。う、生まれ変わっても側にいてくれるとかなんとか」  親が構ってくれなかったアキチカは、甘えるような目を年上(かもしれない)従者に向ける。自分のことをろくに教えてくれない従者だけど、こっそり身内のように思っている。  だから、ずっと隣にいてほしい。  しかし従者は興味なさそうな声で返す。 「……さあ? 声が同じならそうするかもしれませんね?」 「声フェチ野郎が……」

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