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第25話 手助けが必要

 ぎっくり腰。故郷では聞いたことなかったが、地上では珍しいことではないようだ。  とにかくじっとしているといい(何もできない)とのこと。冷やすと痛みが落ち着くようなので、氷室から削りだした氷を包み更に手ぬぐいでくるみ、腰に当てておく。 「ぎっくり腰って、痛いんですか?」 「起き上がるだけで死力を尽くさねばならないらしい。そんな痛みが治るまで一生続くようだ」  ペポラの言葉に、ニケとリーンは開いた口が塞がらない。やっと現世に戻ってきたフリーが心配そうにキミカゲの顔を覗き込んでいる。 「キミカゲさん~。どうしたんですか。そんな腰に響くような重い物を持とうとしたんですか?」  フリーの言葉に、ニケは自分の腹を摘まんでいる。「僕って重いのかな?」という表情をしている。  ベッドで海老のように身体を丸め、カタカタと震えながらもキミカゲは根性で笑みを作る。心配している子を安心させなくては。 「ニケ君は重くないよ? ぎ、ぎっくりを治す薬は無いけど、痛み止め飲んだからね……。でもおかしいなぁ。サラシ巻いておいたんだけど」 「コルセット巻いてよ」  患部は冷やすが身体を冷やしてはいけないので布団を被せ、ペポラは遠慮なくため息をつく。 「――で、お前ら。ずぶ濡れで邸内歩くな馬鹿野郎ッ」  びしっと指差され、リーンを案内してきた死蟷螂と岩男は同時に目を逸らす。 「どちら様ですか?」  腹や頬肉を摘まんでいるニケを抱き上げながら訊ねる。 「俺と同じ古参共だよ。歩いた場所拭いてこい」 「はーい」 「う、うん。分かったど……」  素直に部屋を出て行くひょろ長いヒトとほぼ球体のヒト。球体のお方がリーンをちらちら見ているのが気になったが、お互い何も言わなかった。 「じゃあ俺も部屋に……」  戻るわ、と言いかけ、ペポラは足を止める。  あれ? こいつら介護の経験、あるのか? 「お前ら、介護の経験ある?」  おじいちゃんが自力で動けない今、誰かの助けが必要だ。 「経験は、ないです」 「僕も」 「かいご?」  ひとり論外な奴を除いて、赤犬も星影も腕力はある種族だ。大丈夫そうだが、腕力があればいいってわけではないのが、介護だ。  「やったことはないけど、普段世話になっている恩を返す好機だ。頑張ります!」と言ってやる気満々で両手をかかげている幼子に、目頭が熱くなる。 「そうか。だが大変だろう。ちょうどいいお方がいるから。連れてくるから待ってろ」  そう言い残し、部屋を出て行く。  待てと言われたのでキミカゲが寝ていない方のベッドに三人とも腰掛け、大人しく待つ。 「フリー。さっきはいきなり、く、口づけして悪かったな」 「いつでもウエルカムですけど? むしろもう一回してほしい。んーっ」 「よせっ! また死ぬぞ」  リーンが肩を掴んで止めてくる。 「では、先輩がしてください。んーっ」 「星に還れ‼」  ペポラが部屋に戻ると、何故か白髪だけ床に転がっていた。そろそろ寝る時間だものな。 「待たせたな」  彼女が連れてきた人物に、リーンは思わず立ち上がる。 「あ。さっきの」 「よう。また会ったね」  医学部にいた幼女、いや、少女先生ではないか。左右で団子にし、クマの耳のようになっている桃色の髪に、怪しい魅力のある吊り目がちの瞳。白い上下一体の服。マントのように肩からかけた黒羽織と派手な飾りは無いが、中身だけで十分目立つ。  背丈はニケよりちょい高い程度で、ニケとリーンの間に並ぶと凸凹感が消え、ちょうど良い。  むっちりとした太ももを惜しげもなく晒す彼女の頭に、ぺんっと手を乗せる。 「キミカゲ様とはまた違うジャンルですごいお方だ。この方を置いておくから、存分に頼ってよ」 「……すごいお方と言うなら、頭に手を置くのを止めたまえよ」  ぺしっとペポラの手を払う。 「すまんすまん」  と、詫びながらも懲りずに先生の頭をぽんぽんと叩く。彼女のことがバスケットボールにでも見えているのだろうか。そんな扱いだった。 「ではな」  ペポラが去って行くと、少女は向かいのベッド(キミカゲが寝ている方)に腰掛ける。 「初めましての方もいるので、名乗っておこう。俺は苦労梟(くろうふくろう)族。名はジェリー。こう見えて、十二歳さ」 「「……」」  ふふんと胸を張る少女先生。  こう見えてって、そう(十二歳)にしか見えませんけど。  女性の年齢にツッコミを入れるほど恐ろしいことは無いので、ふたりはその言葉を飲み込んでおく。  先生――ジェリーはついっとリーンを指差す。 「君はリーンだろう? また新入りが来たって、ベゴールきゅんが愚痴りまくっていたよ」 「きゅん?」  情報部の長を務めているベゴールを様呼びしないとは。立場が上のお方なのだろうか?  くくっと、ジェリーは悪戯っ子のように笑う。 「俺の方が年上だからね」 「え? ベゴールさんて、十二歳以下なんですか……?」  あの図体で十二歳未満……?  驚愕の事実に、思わずリーンはニケを抱きしめる。ニケはうとうとしていた。  その様子にジェリーは手を叩いて笑い飛ばす。寝ているヒトがいるのにお構いなしだ。 「はっはっは! 純粋だね。信じるなよ……」 「あ、あれ? 嘘なんですか?」  はー笑った笑ったと、ジェリーは涙を指で拭う。 「ま、俺の方が年上なのは、本当だけどね?」 「どっちなんですか⁉」  遊ばれている気がするが、美少女に弄ばれるというのは悪くない。そこで、ベッドの膨らみがのそりと動いた。 「きちんと名乗りなさい……。ごめんね? リーン君。この娘はゼリーゼジェリー。私の姪っ子だよ」  うるさそうな表情を隠しもしないキミカゲを振り返り、ジェリーは鼻で笑う。 「おお。伯父様。ご無事で何より」  起き上がろうとしたのだろうが、意識が宇宙に飛びそうになるほどの激痛が走る。キミカゲはすごい顔をした後、また枕に沈んだ。 「かふっ……」 「翁。ご無理なさらず」 「オ……ボスの妹さんでしたか」  頷く桃色髪。  ニケはベッドによじ登り、また頬をキミカゲに押しつける。  むいっ。  ジェリーが何やってんだぁと見てくるが、ニケの背後で人の気配がした。  振り返るとダウンしていたはずのフリーがこちらを見ていた。知ってた。 「起きたか。僕らで翁の介助、頑張るぞ」 「はーい。ところでこちらのお嬢さんは?」  ジェリーはフリーに小さく手を振る。 「ただの翼族さ。ジェリーと呼んでくれ。このあだ名、気に入ってないけど」 「ということは、翼があるんですよね? モフモフしていいですか? 見せてくださいよ」  キミカゲは何か言おうとしたが、声が出なかった。  ジェリーは肩を竦める。 「あいにく、赤ん坊の頃に火事で背中の肉ごと失ってしまってね。翼はないのさ」 「おっ……」  青ざめ言葉に詰まるフリーに、気にした素振りもなく足を組む。 「治療するお金もなく蛆が湧くだけの肉塊だった俺を、拾ってくれたのが母上だった。いきなり桃源郷に連れていかれた時は驚いたが、今は幸せだよ」 「そ、そんな……」  フリーはふらついた足取りで数歩下がると両膝をつき、どんっと床を叩いた。 「翼がああああっ。もふもふしているはずだった羽があああ! 俺のもふもふがあああ」 「いや。お前のじゃない」  幼子に冷静に突っ込まれている青年を見下ろし、ジェリーは顔を覆っているリーンに目を向ける。 「え……えーっと。このヒトは何で俺以上に絶望してんのかな?」 「そいつは基本変人なので……」  おんおん泣き出すフリーに微妙な空気になる。  空気を変えようと思ったのか、ジェリーは黒羽織の裾を引っ張る。 「まあ。俺はオキンちゃんの子分じゃないが、兄馬鹿を炸裂させたオキンちゃんが作ってくれてね。それは嬉しかったが、ついでにワシより強い男じゃないと結婚は認めないと言われたから、多分俺は一生独身なんだろうな……」  ふっとどこか遠いところを見つめる姪っ子に、キミカゲは当然だと言わんばかりに付け足す。 「オキンより強くてアギュエルより利発な子が、良いよねぇ。それと妹より優しければなお良し!」  トドメにのほほんと絶望的なことを言われ、ジェリーは遠い目のままベッドから落ちた。頭からいったのか、ごんっという音がした。酷い音にフリーも顔を上げる。 「ジェリーさん!」 「もう駄目だ……。俺は子どもがいる家庭を築きたかったのに……。もう駄目だ……。いるわけないそんな奴」  ベッドの下に潜り込む少女に、困惑した野郎三人は顔を見合わせる。

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