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第41話 桃源郷兄弟長男
オキンに同行者を貸してもらうのは簡単だ。だが、
(最近頼み事しまくっているんだよね~。さすがに間を開けないと、ちょびっとだけ心苦しいよ)
それでもちょびっとな辺り、図々しい性格は健在のようだ。
ニケはニケで。キミカゲはキミカゲでため息をつくのだった。
夜。
飯も食べ終え、今日はこんなことがあった~という話を三人でしている頃、来客があった。
戸を叩く音。
それを聞くなりキミカゲがニケを抱きしめて動かなくなってしまった。朝に来客が多くて嫌になったんだとか。病院なんだから来客なんていつものことだろうに。
(ま、いいか)
仕方ないので、フリーが戸を開ける。怪我をしたほっぺ(お子様)だったらいけないので。
「はーい」
戸を開けると、提灯を持った男性が佇んでいた。
一目で分かる。どっかの良い所の出のヒトだと。なんせオキンと同じような着物を身につけている。街人でここまでの着物を持っているのは、神使と竜くらいしか見たことがない。領主もだが、フリーは領主を見たことがないので省かれた。
提灯を持った男は、にこりとほほ笑む。どこかキミカゲに似た笑みだった。
「夜分に失礼。ここにキミカゲというヒトはいるかな?」
「あ、はい。いますけど……」
この状態のキミカゲと会わせていいものか。一瞬悩んだが、振り向くとキミカゲ本人が手招きしていた。
「お入り」
「お邪魔します」
のんびりした様子で入ってくる。フリーが戸を閉め、ニケが座布団を差し出す。
男は提灯の火を消すと、遠慮なく座布団に座る。
「ご無沙汰しております。伯父上」
キミカゲに向かって頭を下げる。伯父上と言うことは……
「オキンさんの御兄弟ですか?」
訊ねるも、何故かキミカゲが目を白黒させていた。
「えーっと。まあそうなんだけど……」
「どうしました?」
キミカゲは一度、深呼吸した。
「フリー君の代わりに首都に行ってくれる子がいないか、この前妹に手紙を出したんだよね」
キミカゲはじろじろと甥っ子を見つめる。
「いやはや。こんな早く来てくれるとは思ってなくて……。特に君はずっと旅をしているから、つかまらないと思ってたのに」
ああそういうこと、という風に、男が頷く。
「荷物取りに家に帰っていたんですよ。そしたら母上に言われたので」
この子ら(甥っ子たち)、あの子(妹)が言えばなんでも従いそうで不安になるな。
男の肩に手を乗せる。
「この子は長男のドライアギュススライエール。アギュエルって呼んであげてね」
甥っ子の話題になると嬉しそうな顔をなさる。ちょっと早口で紹介される。
フリーとニケはぺこりと一礼した。
「ニケです。わけあって翁の世話になっております。赤犬族です」
「フリーです。同じく世話になってます。えーっと、幽鬼族です。耳触らせへぎゅっ」
アギュエルは見なかったことにしてのほほんと同じように低頭する。
「ご丁寧に。アギュエルってあだ名は気に入ってないけど、そう呼んでね。最大鼠(カピバラ)族です」
茶褐色の耳に長い睫毛。眠そうな顔に見えるが、伏し目がちなだけか。身体はそんなに大きくなく、キミカゲより数センチ高いだけだろう。体型は、たぷんとしておられる。
この国の王と同じ種族。だからといって血縁でもなんでもないだろうが、思わずじろじろと見てしまう。
それとほんのり、柚子の香りがする。
アギュエルは苔のようなくすんだ黄緑色(モスグリーン)の着物から、小さな箱を取り出す。
「これ、お土産です。砂の国と、南海の」
砂の国と聞いて、キミカゲの脳に電流が走る。
膝立ちになったキミカゲに、ケモ耳たちがビクゥと毛を立てた。
「そうだ! アギュエル。象牙丸ってこの国に持ち帰れたっけ?」
リーン君にオキンに聞いておくと言ってすっっっかり忘れていた(二度目)。がっと両肩を掴んできた伯父に、手に箱を乗せたまま甥っ子はぽけっと口を開く。
「象牙丸? あのサボテンですか? 持ち帰れますし、普通に土産物店で売ってましたよ? 小さいやつでしたけど」
「ありがとう、マジで……」
「なんで泣くんです? 欲しいんですか? 買ってきましょうか?」
いやいい、と首を振り、ずっと鼻をすする。
「お土産って何? 食べ物かい?」
わくわくした様子の伯父。アギュエルが箱を開くと、赤い花が現れた。
「髪飾り? お、重いな」
「キュアビスカスという、花の形をした文鎮(ぶんちん)です。キュアビスカスは向こうではアロアロというらしいですよ。伯父上、よく大事な紙をなくすでしょう? この文鎮をお使いください」
「一言多いけど、ありがたく貰っておくね?」
よしよしと、アキチカのものより濃い茶色の髪を撫でる。短くて剛毛なせいか、ちくちくしている。オキンと違いまったく嫌がらないどころか、目を細めて気持ちよさそうに身体を揺らす。んんん可愛い。いくつになっても可愛い。
ん?
「キュアビスカスは、砂の国の花じゃなかったような?」
「伯父上に象牙丸の件で遮られましたけど、南海の国のお土産です。砂の国のお土産はこちら」
そう言って、雨に強い皮の鞄から顔より大きいモフモフした物体を取り出す。
「砂の国代表動物、子亜楽(こあら)のぬいぐるみです。可愛いでしょう?」
「「……」」
キミカゲとニケが同時にフリーを見遣る。彼は口を開けて涎を垂らしていた。
「君は毎回お土産を買ってきてくれるよね……。いいんだよ? 土産話だけでも。お金は? 困ってないかい?」
「毎回その心配しますね。伯父上。まあカツカツ旅ですけど。現地をよく知るために仕事見つけて働いているんで。外国人ですから、そんな大金は稼げませんけど宿を取らず野宿すればお土産くらい……あっ」
口を滑らせた。
ニケとフリーは十分ほど散歩に出ることにした。くすりばこを飛び出す。
外国で野宿など危険すぎる。これがオキンなら「へー」で済ますが、アギュエルはヒトより護身術が多少使えるだけの一般人だ。いままで無事だったのが奇跡だ。
アギュエルはおっとりした顔のまま焦る。
「お、伯父上。そんな、睨まないで……」
「……」
きっちり十分後。
くすりばこに戻ると頭にトリプルたんこぶを築いたアギュエルが正座していた。
ふかふかぬいぐるみを抱っこしていたキミカゲは、疲れた顔で「おかえり」といってくれる。
「フリー君。ニケ君と一緒にランランアート大会、行っておいで。フリー君の代わりにこのお馬鹿を洗福に放り込んでおくから」
「え! いいんですか?」
跳び上がる(天井すれすれ)フリーに、どこか怒ったような顔で、でもしっかりと頷く。しかしニケは素直に喜べず、たんこぶを摩っている男性に近づく。
「アギュエルさんは? よろしいんですか?」
アギュエルは寝顔のような笑みを向けた。
「いいよ。いろんな仕事をするのも、旅の楽しみの一つにしているし伯父上に叱られたし。ランランアート大会は、去年行ったからね」
「左様ですか。ありがとうございます!」
「礼儀正しいね。久しく会っていないけどきっとジェリーも今頃は、このような立派な淑女(レディ)になっているんだろうね」
ほわわんと思いを馳せる甥っ子に、キミカゲはすっと目を逸らして子亜楽を見つめる。
ニケは翁とその甥っ子を交互に見つめる。
交通費免除のチケットに代わりのヒト。なんだかうまくいきすぎて怖い。一生分の幸運を使ってしまったのだろうか。まあ、フリーが側にいればいいのだ。幸運もそのうちまた溜まっていくだろう。
ニケは幸運を蓄積制のポイントのように考えていた。
ひょいと抱き上げられる。
「やったねぇ。ニケ! さっそくディドールさんに報せなきゃ。先輩たちのお土産も買わないとね」
くるくる回るフリーの顔に頬をくっつける。ぷいっ。
「ぐあ! 幸せ」
「……ふん。はしゃぎすぎて、熱なんて出すなよ」
アギュエルはほほ笑ましそうに聞いてくる。
「この子たちは? 伯父上、ついに弟子をとったんですか?」
「弟子なんて取らないよ」
小さな声は、甥っ子の耳にしか届かなかった。
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