44 / 56

第44話 賊VS悪党

「ヒャッハァー」 「――ぐうっ」  奇声を上げ真上から降ってきた男が、初老の男性を踏みつぶす。  奥方が口元を押さえて息を呑む。  それは、両刃の剣を肩に担いだ海賊のようにひげを蓄えた男だった。身体は薄汚れているのに、身につけている着物は不釣り合いなほど光沢を放っている。安物ではあるまい。  息を吸うと、大声を放つ。 「護衛は片づけた! 金目の物を奪え! 女以外は殺せ!」  後ろに続いていた馬車から悲鳴が上がり、フリーたちが乗る馬車にも、賊が戸を蹴破り押し入ってくる。 「動くな! 殺す。動いても殺す」 「おい。女だ。女がいるぞ!」  髪の毛を掴まれ、奥さんが引きずり降ろされる。このヒトたちは優しくしてくれたんだ。 「きゃあっ! あなた」 「わううっ」  守ろうとしたのだろう。咄嗟に奥さんにしがみついたニケごと持っていかれ、司令塔を失ったフリーは一気に混乱する。 「ニケ!」 「おおい! 白髪だ。レアモノがいるぞ!」  取り戻そうと腰を浮かした瞬間、雪崩のように押し寄せる男たちに取り押さえられる。  賊が牛車を停止させてから、十分にも満たない間の出来事だった。 「この辺で張っていて正解だったな」 「俺たちの縄張り近くをわざわざ通るとは、襲ってくださいと言っているようなものだ」  山賊たちが戦利品を漁っている。  ニケは必死に考えていた。  護衛たちは全滅。客もほとんどが斬られたらしく、一か所に集められ苦しそうに呻いている。獣人特有の頑丈さでなんとか息はあるものの、すぐに治療しなければ命にかかわる。 (くそ……っ)  歯を喰いしばり、悔しげにフリーに目を向ける。  魔九来来を使うのが間に合わなかったのか、棍棒で殴られたらしい彼は気絶していた。  白髪ということで殺されてはいなかったが、縄で縛られ転がされている。当分、目は覚ましそうにない。  ニケを抱きしめている奥さんの周りに、車から引きずり降ろされた女性が二~三人、固まって怯えている。逃げ出さないようにと、その周囲を山賊たちがニタニタ笑って取り囲んでいる。 (まさかこんな事態になるとは……。どうすりゃいいんだ?)  ニケ一人では何もできない。様子を見るしかなかった。  山賊のリーダー格らしき男が、山積みされた戦利品を見て得意げに髭を撫でる。 「こんなものか。ちと、女の数が足りないが」  ビクッと、女たちは身を寄せ合う。 「頭領。女たちは俺らにも回してくださいよ?」 「おい。ガキが紛れ込んでいるじゃねえか」  バレたか。そりゃ気づくよな。  ニケは奥さんに迷惑が掛からないよう、女性たちから離れようとしたが、奥さんの腕がニケを放さない。怖くて固まってしまったのか。  もたもたしていると山賊たちが笑い合う。 「イイじゃねえか別に。俺は子どももイケるぜ?」 「うーわー。何が良いんだよ、餓鬼なんて」 「おっぱい星人は黙ってろ。いいか? 子どもの良さってのはな」  語り出そうとした部下の頭をぶっ叩く。 「うるせえ、お前ら。それよりあの白髪は? まさか染物じゃねえだろうな? 確認は済んでるのか? 偽物はもうこりごりだぜ?」  部下の一人が鼻を指で叩く。 「染料のにおいがしねえ。ありゃ、本物だ」 「マジかよ! さっさと殺して売り払おうぜ!」  興奮した猿のようにはしゃぐ部下を、別の部下が鼻で笑う。 「ばーか。生かして観賞用奴隷として売る方が、金にならぁ」 「あーん? 男の奴隷なんざ、俺はいらねえよ」 「そうだな。お前はな」  盛り上がる能天気な部下と違い、海賊髭の男は鋭く三号車(最後尾の牛車)を睨む。 「なんだ? 静かだな?」  三号車に向かった部下が、ひとりも降りてこない。静まり返っている。 「おい! なにとろとろしているんだ! さっさと荷物を運び出さねえか!」  リーダー格の男が怒鳴る。周りの部下が「どうしたー?」「寝てんのかー?」と囃し立てる。  するとようやく戸が開き、中から一人出てきた。  リーダーはそいつにずんずと近寄る。 「のろまめ! そんなに重い荷でもあ……」  語尾が力なく消えていく。 「……ぁ、…………うぁ」  出てきた部下の様子がどうもおかしい。意味のない声を口から発しているが、意識があるように見えない。歩く屍のように舌をだらりと出し、ふらふらとこちらに歩いてくる。  眉をひそめていると、その場でどさっと、糸が切れたように部下が倒れる。  白目を剥き口からは、ぶくぶくと泡が出ていた。山賊たちは息を呑む。  ニケも、なにが起こったのか分からなかった。 「!」  危険を感じ取ったのか、海賊髭の男は後ろに飛び退く。 「なんだ!」  倒れた部下を蹴っ飛ばし、車から男が出てきたのだ。寝起きのようにあくびをしながら。 「うるさいなぁ……。もう首都に着いたの?」  枯れ木のように細い男だった。  まばらに張り付いた漆黒の鱗に、爬虫類を思わせる縦長の瞳孔。ぼさぼさの黒髪に二股に分かれた舌がチロチロと動く。 「蛇乳族か」  ツチノコを祖とする(噂)。星影や天氷ほどではないにしろ、そんなに出くわさない種族である。  唸るリーダーに、枯れ木めいた男は寒気のする視線を向けてくる。 「なんだ? この髭モジャは」  山賊は枯れ木男を指差して怒鳴る。 「おい! 俺の部下は? なんだテメエは!」  蜂蜜色の瞳が、背後を一瞥する。 「部下って?」  どうにも話がかみ合わない。寝ぼけているのか、とぼけているのか。  その時、三号車付近にいた部下が声を上げる。 「頭領! 三号車の仲間が全員、やられてる! 泡吹いてやがる」  海賊髭の男は、邪乳族に目を向ける。生意気なことにまだあくびをしており、口からは毒液が滴る牙が覗く。 「部下をやったのは、その毒か?」  蛇乳族の一部の者だけが持つという毒の牙。殺傷力はジェントゥシェンには遠く及ばないものの、危険な神経毒である。  蛇乳族の男は、大きく背伸びする。 「いやあ? 俺は何もしてねぇよ? 起きたらこいつら倒れてたし?」 「では、誰が……」  そこでハッとする。牛車から誰かがひょこっと顔を出している。おどおどした表情だが瞳孔の形から、そいつも蛇乳族であると窺える。同じ黒髪であるし、まさか兄弟? あいつの仕業か? 「頭(かしら)が……、兄貴が全然起きないから」  長い黒髪を三つ編みにし、背中に流している男がぼそっと呟き、車外にぽいぽいと山賊たちを捨てていく。山賊は皆、泡を吹き痙攣していた。  三号車の乗客は山賊よりも、その三つ編みの男に恐怖している様子だった。  枯れ木男はへっと憎たらしく笑う。 「だってよ。ほら、俺のせいじゃないだろ?」  季節外れな色の羽織をマントのように翻し、ずんずん近寄ってくる。山賊は女性たちに刃物を突き付ける。 「動くな! 人質が見えねえか!」 「きゃあっ」 「ひいい!」  悲鳴が上がるが枯れ木男は気にも留めない。それどころか蛇のようにうっすらと笑う。 「お、おい! 止まれ。女を殺すぞ!」 「殺せば? なるべく無駄なくね」  目を見開く山賊を可笑しそうに腹を抱える。 「もしかして俺のこと、正義の味方だとでも思ってる? 笑わせんなよ。俺もお前らと同じ、悪党さ。仲良くしようぜ?」  握手でも求めるように、片手を差し伸べる。……仲良くする気が微塵もない、爬虫類の笑みを浮かべて。  冷や汗を流し、山賊は仲間に指示を飛ばす。 「何してるテメェら! 殺しちまえ」 「「おおっ」」

ともだちにシェアしよう!