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君に墨を入れる

 なだらかな皮膚に骨の形が浮き出ていて、とてもきれいだと思った。  どんな図柄にしよう。  希望を聞けば、お前に任せるといわれてしまう。 「日焼け跡作るのとは違うんだぞ、ちゃんと考えろ」  その返しがお前のこと信用してる、だった。  思い返したらイライラしてくる。  ビニール手袋を着けた手で肋骨の上を辿ればくすぐったいと身をよじる。それじゃ、うまく出来ないといえば縛ってくれてもいい、なんて言い出す。危うく手が滑りそうになった。  ふくよかな女の胸に彫り物をしたときだってこんなに緊張することはなかった。乳房に顔を寄せて乳輪や乳首を避けていくときだって何の興奮もしなかった。なのに、  今度結婚する、なんて平気で言ってくるやつで。独身の最後にやんちゃする、なんて理由の依頼で、お前からの結婚祝いってことで。などと料金交渉までするようなやつで。  こうして仕事としてしか触れられない身体に触れた奴が他にいて、きっともう触れる機会はないのだろう。肋骨を辿り終わってへその辺りを撫でる。  なんか変態くさいぞ、という文句を無視してジムに通ったのだという引き締まった腹筋に触れる。  空気に晒されて冷えた皮膚、そ、と触れるか触れないかのフェザータッチで触れればびくりと震える。自分の動きに反応する様子を堪能して今日は終わりにした。  図案ができたら連絡する。といえば信用しきった相手はありがとう、と嬉しそうに言った。  浮かれきった様子に早く帰れ、と追い払うジェスチャーをして返す。  仕事の合間に書き溜めていたスケッチブックを取り出す。図柄なら何パターンも考えていた。職業病と言ってもいいかもしれない。  好きになった人に墨を入れる妄想ばかりしてしまう。そうしているときが一番、相手を愛していると思えた。    幾つか使えそうなモチーフを選びながら、このスケッチも処分しないとな、と思った。

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