17 / 165

第一章 赤りんご②

「このっ、クソガキが! 親は何処に居るんだ⁉ ええぇ?」  派手な衣装を(まと)った中年のクレモラ公爵は血管が切れそうな程怒り狂い、子供二人に唾を飛ばしながら怒鳴りつけている。 「す、すみません……親は家に戻れば……」  姉らしき十歳くらいの少女は、弟らしい少年を背中に庇いながら、声を震わせて答えている。  マティアスはウィルバートに目配せし、クレモラ公爵の前にレオンを進めた。そしてニコニコと馬上から笑みを湛え声をかけた。 「これはこれはクレモラ卿。こんな所で如何されましたか」 「ま、マティアス殿下! ご機嫌麗しゅう存じます」  突然の王子の登場にクレモラ公爵はあわてて片膝をつき頭を下げた。 「そちらの子供たちは?」  マティアスは子供二人を見た。  二人とも赤毛の巻き髪で顔付きもよく似ているのでやはり姉弟だろう。姉の方は大きな青い瞳を涙で潤ませつつもなんとか我慢しこの場を乗り切ろうとしている様子だが、弟の方は既にぐしゃぐしゃに泣いていた。 「その小僧が突然私の馬車の前に飛び出して来まして、馬が驚いてしまい車が大きく揺れて、したたかに頭を打ちましてございます……」  マティアスは内心くだらないと思いつつ、クレモラ公爵を気遣うフリをした。 「それはそれは、災難でございましたね。お怪我の具合はいかがですか? すぐに城へ行ってベレフォードに治癒を」 「い、いえ! ベレフォード様のお手を借りる程大怪我ではございませんので……」  ベレフォードの地位はそこらの貴族とは違い格段に高い。そんなベレフォードにちょっと頭をぶつけた位の怪我を治させるなんてクレモラ公爵からしたらとんでもない事だ。  マティアスはさらに笑顔で続けた。 「そうですか。大怪我でなくて良かったです。何より、クレモラ卿の馬車が陛下の大切な臣民の子を轢かずに済んで何よりです。轢き殺したとなったらどんなに罰が下っていたか……。流石クレモラ卿は腕の良い馭者(ぎょしゃ)をお持ちなのですね」  クレモラ公爵は顔を引き攣らせた。 「え、ええ。大事にならずに良かったです。で、では私は城に用がございますので、これで失礼致します……!」  クレモラ公爵はそう言って慌てて馬車に乗り込み、その場を去って行った。  マティアスは馬車を見送りながら「馬鹿め」と口の中で音なく言葉を転がした。

ともだちにシェアしよう!