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第一章 幼き日②
「お前、妖精が見えていないな」
城で初対面した実の祖父からの第一声がそれだった。
そこに居たのは想像していた優しいおじい様で無く、ひたすら威圧的なオーラを放つこの国の王イーヴァリだった。
「ずっと見えていないのですかな?」
王の横に控えた真っ白な髪と髭の老人がマティアスに優しく尋ねた。
「か、母さまがいた時は、たくさんいました」
マティアスは戸惑いながら説明した。
マティアスは自分が妖精を認識できなくなったのでは無く、あの厄災以来、妖精自体が居なくなったのだと思っていた。
妖精が見えたり魔術が使える人間は稀で、カノラ村では母とマティアスしかいなかった為、自身の異変に気づくことができなかった。
「どれどれ」
その老人は背丈位ある長い杖をマティアスの身体にかざした。杖の先がポゥと明るく光り、これまでによく見ていた光の妖精と似ていると思いマティアスはその光を見つめた。
「ふむ……そう言うことか……」
老人が小さく呟く。
「陛下、おわかりになりますかな」
マティアスに光をかざしながら老人は王に聞いた。
「……ああ、わかる。まったく何ということだ……」
王はマティアスから顔をそらし手で自身の目を覆った。
明らかな落胆だ。
「……ベレフォード。この子はそなたに任せる」
王は静かにそう言い、その場を去ってしまった。
マティアスは不安な心境のまま祖父を見送るしかなかった。
それからマティアスの退屈な城での暮らしが始まった。
マティアスの肉親はイーヴァリの他に、母の従姉弟にたある王子サムエルが居た。
歳はマティアスより五歳年上の十歳。大人ばかりの城では年が近いと言えるし、何より血縁者だ。ロッタのように自分を可愛がってくれると思っていた。しかし城で紹介された時、サムエルは「よろしく」とだけ小さく挨拶し、掛けていた眼鏡を上げながら「本が読みたいから」とあっさり自分の住む建物へ戻ってしまった。
そして毎日のように読み書き、計算、国の歴史、そして魔術の授業をベレフォードから受けることになった。
ベレフォードの授業は五歳のマティアスにはつまらない内容ばかりで、特に魔術は妖精が見えなくなったマティアスにはただの知識学でしかなかった。
「魔術を使うには高い魔力が必要です。妖精が見えるかどうかが判断基準ですな。子供のうちは視える者も多いですが、ほとんどが大人になるにつれ見えなくなります。また、このアルヴァンデール王家には血族のみが使える『魂の解放』と言う秘術があります。『黒霧の厄災』の時に使われるのがこの術で、あらゆる魔術が使えるようになる恐るべき術で……」
マティアスは魔術の授業を受けていると、どんどん自分が価値の無い者に思えてきた。
(こんな所、来なきゃよかった……)
何故自分は聞き分けの良い子供を演じてしまったのだろうか。ロッタの様に泣いて嫌がるべきだった。
カノラ村では皆が自分を愛してくれた。
だがここではマティアスを抱き締めてくれる人は誰もいない。
そんな思いがどんどん膨れ上り、マティアスはある決意をした。
(カノラに帰ろう……!)
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