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第一章 幼き日③
城さえ抜け出せれば、バルヴィア山を背にしてひたすら歩くだけでカノラに着く。一人になる機会が巡ってきたら実行に移せばいい。
五歳のマティアスは安直にそう考えた。
何の装備もなく身一つで抜け出すつもりで。
「ではマティアス殿下。私は少し席を外しますので、この本を読んでいてください。後で書いてある内容を説明してもらいますので、サボっていてはダメですぞ」
読み書きの授業でベレフォードはマティアスに一冊の本を渡し部屋を出て行った。
渡された本を見る。
『アルヴァンデール王国と王家の成り立ち』
絵本や冒険譚などの童話でもなく、どう見ても大人向けの本だった。五歳のマティアスに到底興味を惹かれるものではない。
本の内容と分厚さからしてもベレフォードは当分帰ってこないと予測し、マティアスは計画を実行に移すことにした。
勉強部屋から窓の外を見る。
この部屋は二階だ。外壁は石レンガで出来ていて、何となくレンガの隙間に足が掛けられそうな気がした。
目立ちそうな上着を脱ぎ捨て、白いシャツと白い半ズボンで窓枠に手を掛け、後ろ向きで身体を外に出した。革靴をレンガの壁にガリッと引っ掛ける。足をかけてみると思ったよりレンガに隙間が無い事に気付いた。しかしマティアスに引き返すと言う選択肢は無かった。
さらに下へと足を進め、窓枠から手を離し指先をレンガの隙間に掛けた。しかしそこに掴める程の隙間は無かった。
「あっ!」
マティアスの身体は石レンガに擦られながら、ザザザーッと滑り落ちた。
「……っ!」
自身の背丈以上に滑り落ちた所で一階と二階の境にある段差に足がついた。
壁で擦れた手のひらが燃えるようにじんじんと熱くなっている。恐る恐る下を見るとまだ地面にまではかなり距離があるように感じた。
(ど、どうしよう……!)
想定ではもっと安全に降りられると思っていた。
ここまでは運良く壁伝いに滑ったが、この後も上手く行くか確信がない。さらに今度は運悪く背中や頭から落ちるかもしれない。何より壁で手や脚をこれ以上擦りむくのも嫌だ。
(こ、怖い!)
マティアスは壁に張り付いたまま恐怖心と戦いつつ、どうすべきか必死に考えた。
その時だった。
「おーい、そんな所で何してんだ?」
下から声がした。
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