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第一章 幼き日⑥

「ウィルは? お家どこなの? このお城?」  マティアスはふと疑問に思い尋ねた。 「俺の家はボルデ村だった」  ボルデの名前はマティアスでも分かった。バルヴィア山の(ふもと)で『黒霧の厄災』で一番の被災地だ。 「村全体が毒霧で覆われてるから、もう帰れないんだ。家族や友達もみんな……もう生きてない」  ウィルバートが悲しげな表情を浮かべていた。  マティアスは母を失ったが、ウィルバートは家族や友達と全てを失ったのだ。 「ウィル、いっぱい泣いた?」 マティアスが子供ながらの不躾さでそう聞くとウィルバートは笑いながら答えた。 「ああ、凄く泣いたよ」 「僕はね、泣かなかったよ」 「ふははっ、そうか。マティアスは強いな」  ウィルバートは笑いながらマティアスの頭を乱暴に撫でてくる。 「ねえ! ウィルも一緒にカノラに行こうよ。おじさん優しいから一緒に住んでいいって言うよ。きっと」  マティアスは良いことを思いついたとウィルバートにそう提案した。カノラでこの男も一緒に暮らしたらきっと楽しいだろう。 「マティアス、ありがとう。お前は優しいんだな」  ウィルバートに褒められてマティアスは嬉しくなった。 「でも、俺……ここで兵隊になってこの国の手助けをしたいんだ。厄災と同時に隣の国が攻めて来たから兵が足りなくなったって聞いて、だから今日はここに来たんだ」  マティアスはウィルバートにカノラ行きを断られがっかりした気分になった。しょんぼりと黙るマティアスにウィルバートが尋ねてきた。 「マティアスはカノラに帰りたいっておじい様にもう言ったのか?」 「……言ってないよ。お話する時無いし」  マティアスが入城して約一ヶ月。  初日以来祖父であるイーヴァリには会っていなかった。 「ひょっとして黙って一人で帰ろうとしてるのか?」  ウィルバートの問にマティアスは沈黙し目を逸らした。 「それはダメだ! カノラまでは大人でも二日はかかるぞ。子供なら……四日とか、もっとかかるかも。真っ暗な森で一人で過ごすことになるぞ。夜の森には魔物が出るし」 「そうなの⁉」  カノラ村から城に来た時、乗せられた馬車での記憶は何となくぼんやりとしていてよく覚えていない。それ程長旅だった印象も無いので、頑張って歩けば日没までにはカノラに着くと思っていた。  幼いマティアスにとっては暗闇だけでも怖いのに、夜の森で一夜を明かすなんて絶対に無理だ。 「だからカノラに帰りたいならちゃんと大人の人に言えよ。……それでもさ、やっぱり大人の都合ってヤツでカノラには帰れないってこともあり得ると思うけど……その時は俺が時々遊んでやるから」 「本当⁉」  マティアスは嬉しくなって声を上げ、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。サムエルほどの年齢の者はもう自分の様な子供とは遊んでくれないと思っていた。 「じゃあ、今! 今遊んで!」 「んー……、これから兵士になりたいってお願いに行かなきゃ行けないから、ちょっとだけな」  ウィルバートは少し困ったように笑いながらも了承してくれた。 「やったー!」  少しだけでも遊んで貰えるのがマティアスは嬉しくてたまらなかった。

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