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第一章 赤紫の炎⑦

 突然寝室に微風が吹いたかと思ったら、小さな水滴を伴いながらウィルバートを中心にその風が集まりやがて水の帯が渦巻き始め、あっという間に巨大な水の玉にウィルバートが包まれていた。 「ウィル!」  水の中でウィルバートが苦しげに藻掻く。 「大丈夫です。死にはしません」  ウィルバートを包んだその水の玉はやがてぐるぐるとウィルバートごと撹拌するように回り始めた。その水流の中でウィルバートは服が脱げ全裸にさせられていく。しばらくそうしてウィルバートを回し続けると、ベレフォードは杖を降ろした。 「まあ、こんなもんかな」 途端に水の玉がザバッと弾けた。水の玉から出たウィルバートは全裸のまま床にうずくまり、ゲホゲホと(むせ)ている。床一面を濡らしていた水は、スルスルとどこかへ消えていった。 「……な、なんて、手荒なっ」 「時間がないのだ。仕方なかろう」  ウィルバートの抗議にベレフォードは飄々と答え、さらに杖を振るとゴォォォと風が起こり、ウィルバートの髪を乾かし、さらにどこからともなく現れたローブがウィルバートの身を包んだ。 「マティアス様も濡れたままではご不快でしょう」  ベレフォードが杖をフイと揺するとパンッと音を立てていつも着ている寝巻き姿になっていた。 「では、私はこれで失礼しますぞ。ブラックストン。これを」  ベレフォードは指を鳴らし何かを出現させるとそれをウィルバートに渡した。そしてウィルバートの肩を強く二回叩くと寝室から出て言った。  シン……と静かになった寝室に、ウィルバートのフーッ大きな深呼吸が響いく。 「ウィ……ル……」  マティアスは寝台からウィルバートを見上げた。  ウィルバートは小瓶らしきものをヘッドボードに置くと寝台へと上りマティアスに向き合った。 「マティアス様、このようなことになってすみません……」 「なんで……、謝るの?」  マティアスはそう言いながらウィルバートに抱き付き、ウィルバートのローブから見える首筋から鎖骨にかけて頰擦りするように身を寄せた。 「ああ、ウィル……好きだよ……」 「マティアス様……」  マティアスはウィルバートを見つめると、とても悲しそうな瞳がそこにあった。何故そんな目をするのかマティアスにはわからなくて、でもそれを考えられるほど冷静でも無かった。

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