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第一章 誓いと未来①

「マティアス様。おはようございます」  マティアスは優しく髪を撫でるその心地よい手にうっとりとしながら目を開けた。見えたのは愛する男の顔。  分厚いカーテンの隙間から青白い朝陽が静まり返った寝室に差し込んでいる。 「今日は予定が詰まってるのでもう起きませんと」  ウィルバートは既に簡易的ではあるが着替えを済まし、寝台に腰掛けマティアスの髪や頰を撫でている。 「ウィル……側に居てくれたのか」  マティアスの問にウィルバートは微笑みで答えた。 「ウィルと朝を迎えるのは子供の時以来だ……」  マティアスは身を起こしながらポツリと呟いた。  マティアスの身はいつの間にか清められ寝巻きがきちんと着せられていた。 「そうですね。よく嵐の日や、怖い物語を読んでしまった時など、一緒に寝てくれとせがまれましたね」  ウィルバートがクスクスと懐かしそうに笑う。 「そうだったな。海の怪物の話が特に怖かった。この国には海がないのにな」  マティアスも釣られて笑ってしまった。  するとウィルバートはマティアスの手を取りその手の甲にキスを落とした。 「ウィル……」  忠誠を示すその仕草にマティアスは少し驚いた。するとウィルバートはマティアスをまっすぐに見つめた。 「十八歳のお誕生日、おめでとうございます」  そう言いウィルバートは笑顔を向けてくれた。  マティアスは驚き、そして温かな喜びが胸いっぱいに広がった。 「だ、誰よりも先にウィルからその言葉を貰えて嬉しい……!」 「私も誰よりも先に伝えられて幸運です」  そしてウィルバートはマティアスの手を握ったまま続けた。 「五歳のマティアス様が私のために陛下の鞭を受けたあの時から、形はどうあれ私はマティアス様のものです。成人されてゆくゆくは王となる貴方に、この(のち)、予想だにしないことも起こるでしょう。ですが、私はどのような形であれ貴方のお側を離れる気はありません。貴方がそれを許すなら……」  漆黒の瞳が力強くまっすぐこちらを見ていた。  マティアスはウィルバートの手を強く握り返した。 「あ、ありがとう……ウィル……」  言いながらポタポタと涙が溢れ出た。 「ああ、泣いたら駄目ですよ。すぐに式典です」  ウィルバートが笑いながらマティアスを抱き寄せ涙を拭ってくれた。 「あはは、そうだな。良い王子に育ったと民に思って貰わなくては」  マティアスはそう言いながらウィルバートの胸に頬を擦り付け甘えた。 「ええ。貴方は民に寄り添う素晴らしい王になると私は確信しています」  ウィルバートもまた甘やかすようにマティアスを抱き締めその頭を撫でてくれた。  マティアスにとってこれまでの人生で一番幸せを感じた朝だった。

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