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第一章 赤紫の炎Ⅱ③

 マティアスの回答に魔物が驚く。 「おいっ! 少しは迷わんか! つまらん! お前は王になるのだろう?」 「私に求められているのは子種の提供だけだ」 「随分卑屈じゃのう。まあいい。髪でいいぞ。その髪で三年守ってやろう」 (髪で三年……。冷静になれ。それで大丈夫か考えろ……!)  マティアスは自身に言い聞かせた。  魔物が持ち掛けた契約。落とし穴があってもおかしくはない。  ウィルバートが記憶を奥深くまで奪われていた場合、三年で人らしい生活が出来るようになるだろうか。  ここまで来たら自分の身が魂が滅びようともウィルバートには幸せになってもらいたい。  マティアスは決意を固めて魔物に言った。 「三年経ったら髪はまた伸びてる」 「アハハ! それで髪を提供できる限りあの男の面倒を見ろと?」  愉快そうに笑う魔物を見つめてマティアスは頷いた。 「そんな何度もはさすがに飽きてしまうわ。三回までだな。三年を三回で九年間じゃ。それ以上は嫌じゃ」  九年。九年あれば赤子でも九歳。やや心許ないがなんとかなるだろうとマティアスは思った。しかしもう一つ安心感が欲しいとも思った。 「わかった。九年で良い。但し、ウィルを人らしい生活に導いてくれ。お前は上級クラスだろ? それくらいは簡単な筈だ」  マティアスの要求を魔物は鼻で笑った。 「ヒトらしい生活か。お前の知らない土地で職を得て、知らない者たちと友になり、知らない女と結婚して子を作る。そう言う生活か?」  マティアスの胸が抉られ、再び涙が溜まる。  しかしもうウィルバートは自分を覚えてはいないのだ。  森を這いずり回り、獣に喰われてしまうより、温かい家で家族を持ち穏やかに暮らして行く方が何倍も良い。  そこにマティアスが居ないとしても。 「……そうだ」  マティアスは涙を零しながら言った。それを見て魔物は頷いた。 「よし、では決まりだ。名を名乗り、我に要求と対価を申せ」  魔物が手をかざす赤い光が広い部屋全体を照らした。  その光は赤紫の炎に変わり、マティアスに着けられている鉄の手枷と足枷が燃え上がった。それはまるで綿を燃やした時の様にあっさりと燃え尽きた。  手足が自由になったマティアスは立ち上がるとまっすぐに背筋を伸ばして宣言した。 「我が名はマティアス・ユセラン・アルヴァンデール。三年ごとに伸ばした髪を対価に、九年間、ウィルバート・ブラックストンの命を守り、人らしい生活に導く事を要求する」  するとマティアスの身体全体が赤紫の炎に包まれた。あの時と同じように熱さは感じない。  魔物はマティアスの正面に降り立つとゆっくりと口を開いた。 「我が名は、バルヴィア。対価を受け取り、その願い聞き入れよう」 「なっ!」  その名を聞いてマティアスは驚いた。 「ま、待て!」 「契約成立じゃ」

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