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第一章 祖父と孫①

 バルヴィアが消え、石の部屋は再び静かになった。  マティアスはしばらく呆然としその場に座り込んでいた。  頭が混乱している。  あの魔物、バルヴィアにウィルバートの今後を任せてしまった。魔物とて契約は絶対だ。破ることは不可能だから命は守ってくれるだろう。しかし、ウィルバートか幸せになってくれるか確信が持てずざわざわと不安が押し寄せてくる。  何より、守りたいたった一人の為に、この国の全てを危険に晒してしまっている事になる。  バルヴィアはマティアスの髪を得て成長していた。しかも後二回提供しなければならない。髪を三回得たら、あの魔物はどうなるのだろうか。  火焔石を使わなければ『黒霧の厄災』は起らないと言っていた。それが本当であればかなり有益な情報だ。しかしマティアスには火焔石を一切使わせないよう民を導くなど、どうしたら良いか検討もつかない。  しかし守らなければならない。ウィルバートもウィルバートが守れと言ったこの国も。  マティアスは立ち上がり裸足で一歩踏み出した。  マティアスは六角形の広い部屋の端まで歩き、扉らしき物に手を触れた。  扉は押しただけで簡単に開いた。  恐る恐る顔を覗かせるとすぐ近くに人がいた。 「ま、マティアス殿下!?」  それはベレフォードの弟子達だった。と言うことはここはマティアスの住む城の中だ。てっきりあのバルヴィアに攫われてどこかに連れて来られたのかと思ったが違ったらしい。 「で、殿下、お戻りくださいっ!」  その場にいた三人の弟子たちは跪くどころかマティアスに杖を向けて来た。明らかな臨戦態勢だ。  すると周囲に金色の虫のようなものが無数に飛んでいることに気付いた。その虫達はマティアスの周りにどんどん集まってくる。  一匹、掌に乗せまじまじと見つめた。  それは人に近い顔をしていた。白目のない瞳だけの大きな目。鼻はなく小さな口からはクスクスと笑い声を漏らしている。水の中を漂うように揺れる金色の髪と、蜻蛉(とんぼ)のような羽根。そして身体全体が金色に光り輝いていた。  光の妖精だった。  幼い頃に見た記憶が蘇ってくる。  そう、母の周りにもこうして沢山の妖精達が飛び回っていた。妖精たちはまるでいつものそうしているかのようにマティアスの周りを楽しそうに飛び回り短くなった髪にじゃれ付いてくる。 (ああ、魔力が戻ったのか……)  マティアスは確信した。  ウィルバートから記憶が奪われる絶望と悔しさと恐怖で胸の奥の何かが破れた感じがした。あの瞬間、青空が見えた気がしたのは恐らく現実で、先程バルヴィアが言っていた通り、力が暴走して塔を破壊したからだろう。

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