100 / 153
第二章 閑古鳥①
「ヤバい……」
真っ白な帳簿を見つめながらヨエルが真っ青な顔で呟いた。カイは横目にその様子を映しながらも自身が描いたデザイン画を眺めていた。
カイもまたヨエルと同じ気持ちだった。
実にこの状況はまずい。
何がいけないのか、何が違うのか、早く解決策を見つけないと取り返しがつかない。
アルヴァンデール王国王都ナティーノに工房を構えて三ヶ月が経とうとしていた。
工房はヨエルが知り合いの、知り合いの、そのたまた知り合いから紹介されたアルヴァンデールの貴族が家主で、手紙のやりとりだけで決めた物件だった。
この工房兼住居を初めてを見た時、ヨエルは玄関先でしばらく固まっていた。
王都ナティーノは城の正門から斜めに伸びる大通りには店がひしめき合い華やかな様相を呈しているが、少し郊外に進んだだけで農園が広がり、さらにその奥は森で思いのほか田舎だった。しかも工房はその郊外だった。
工房の玄関を出て最初に見える風景はどこまでも続くりんご畑。『最先端の流行の中で!』と息巻いて来たにも関わらずフォルシュランドの方が都会だったのでは無いだろうか。
一軒家ではあるが、貴族や商家が庭に作る使用人用の小屋のような小ささで、一階はリビングらしき一部屋と台所。二階はベッドを置いたら他には何も置けない様な小さな部屋が三部屋。そして物置用の地下室が一部屋あるのみだ。
しかも暖炉が恐ろしく小さい。
どうやらアルヴァンデール王国では昔、火焔石が広く使われていたらしく、石一個で一日家を暖められたので暖炉はこの小ささで事足りたらしい。だが現在は火焔石の使用が禁止となった為、普通の薪が使われている。なので冬までに資金を貯め、暖炉の拡張工事をしないと三人で凍えることになる。
そして一階リビングを工房に改装して店らしくした為、台所に小さなテーブルを置き三人小さくなって食事を摂ることになった。地下室はアルトから餞別で貰った部材をしまったらもうぎゅうぎゅうになってしまった。
しかし基本仕立て屋は顧客の家に出向くものだ。工房の大きさはそれ程重要ではない。要はセンスの良い装いを顧客に提案できれば良いのだ。そうカイはヨエルを励ましたのだが……。
この三ヶ月でできた仕事は御年七十八歳の貴族の老紳士にシャツを三枚作ったのみだ。その紳士は全くこだわりや希望も無くごくスタンダードなものを求めてきた。
それでも最初の仕事だ。ヨエルとカイは紳士に合う形や素材を提案し、老紳士には満足してもらえる仕上がりになったと思う。
しかし、それしか依頼がないのだ。
もちろん、ヨエルとカイは積極的に営業活動をしている。デザイン画を持って、朝から晩まで貴族や商家を回っているのだが、いまいち反応が良くない。
「認めざるを得ない。俺の感性がここでは通用しないってことだ」
カイははっきりとそう言った。
ともだちにシェアしよう!