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第二章 転機②
「こちらの話を聞いて頂くだけで、全ての方からご依頼を頂けている訳ではございませんので、そのように気負われなくても大丈夫でございますよ」
ヨエルが営業らしくにこやかな笑顔でそう言った。
「ありがとうございます。そのように言って頂けますとお願いする私も気が楽ですが……」
ロッタがほっとしたように言うと、ミルヴァが口を挟んだ。
「貴方達は後が無いの! もしあの御方にこの店の服を着て頂けたらこんな名誉なことは無いわ! 何としてでも売り込みなさい!」
「あの……どのような方なのかお聞きしても……」
ミルヴァの興奮ぶりにカイは堪らずロッタに尋ねた。ロッタは躊躇いつつその言葉を発した。
「……私がお仕えしているのはこの国の王、マティアス国王陛下です」
ヨエルとカイは同時に息を飲んだ。
部屋の隅に控えていたニーナも「えっ!」と小さく声を上げた。
この国の王様の服を作るチャンスが巡ってきたと言うことだ。しかし、こんな小さなテーラーが近付いて良いものか不安もある。
「で、ですが、国王陛下ともなれば専属の仕立て屋を沢山お抱えなのでは?」
カイは驚きながらも何とか疑問を口にした。
「陛下は、成人以来黒い服しかお召にならないのです。専属の仕立て屋も持っておらず、私たち侍女が自分達用に作るような要領で陛下の服も作っています」
「何か信念がお有りなのですか?」
ヨエルが聞いた。当然の予想だ。
「この国では、バルヴィア山の魔物災害が定期的に起こるのはご存知ですか」
二人は頷いた。
「二、三百年に一度起こる『黒霧の厄災』ですよね。でも前回と前々回の間は三十年程だったと」
ヨエルが答えた。近隣諸国であってもその位の情報は知っている。
「陛下は成人された翌年に、当時の国王イーヴァリ陛下と共に『厄災の原因は火焔石の使用である』と発表して、火焔石の使用を一切禁止にしました。しかし火焔石で莫大な富を得て来た貴族達からは大きな反発があります。陛下の黒衣は質素倹約の証なのです」
「それが陛下の信念であるなら、服をお仕立てする必要は無いように思いますが……」
カイは躊躇いながら言うとロッタは声をやや荒げながら話した。
「ですが、あまりに締めすぎているのです! イーヴァリ陛下の喪が開けた昨年の誕生日祝賀会でも、当然のようにいつもの黒いお召し物で……。服装だけではありません。まだ二十五歳なのにまるで僧侶のような毎日を送っていらっしゃる……。陛下はご自分のしたい事は全て捨てて、この国に身を捧げているのです。でも私は……もっと自分の人生を楽しんで貰いたいのです。服はそのきっかけになればと思っています」
それは使用人と言うよりはまるで母か姉として心配しているかのような言い方だった。
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