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第二章 アルヴァンデールの王④
「おかえりー! どうだった?」
工房に着くなりニーナが目を輝かせて聞いてきた。行くまではヨエルもカイもそんな顔していたのだが。
ヨエルはニーナの横を黙ってすり抜けると応接用のソファにドサッと腰を下ろした。
「兄さん?」
ニーナはその様子を不審そうに見つめる。
カイはジャケットを脱ぎながらポツリと言った。
「すまん。俺のせいだ……」
「あー、そうだなっ!」
ヨエルが強い口調でそう吐きカイを睨みつけてきた。
「な、何? 上手く行かなかったの?」
ニーナが不安げな声をあげ、ヨエルは綺麗にセットされた頭をグシャグシャと掻いた。
「あぁ〜! わかってるよ! 別にカイの発言はそこまで悪くなかった。あの王様を怒らせていたのは僕だったかもしれない。でも逃がした獲物が大きすぎて『しょうがないよね』で済ませる気持ちになれないんだっ!」
「ああ、俺も同じだ……あそこまで怒らせてしまうことになるなんて、悔やんでも悔やみ切れない」
「な、何を言って怒らせたの?」
作業用の丸椅子に力無く腰を下ろしたカイにニーナが尋ねる。
「よくわからないのだが、やっぱ、黒が似合うって言ったことなのか……」
「カイが話したら、陛下の顔がみるみる真っ赤になって、謁見室を飛び出して行ったんだよ。あ! お前、最初に『マティアス様』って言っただろ! あそこから陛下は明らかに驚いてた」
「ああ、口が滑った。あれは俺もマズいと思った」
「そこからもう不愉快だったんだよ、きっと!」
そこまで怒らせるような内容だっただろうかとは思うが、国王と一般市民では次元が違いすぎる。そもそもあの王様は突拍子もなく戴冠式前に髪を切るような人物なのだ。些細なことでも不快に感じるとああなってしまうのかもしれない。
「ねぇ、そんなに王様を怒らせちゃったらさ、何が罰があるんじゃないの……?」
ニーナが最悪の事態を口にする。
三人は顔を見合わせ沈黙した。
その夜、カイは自室の小さな机でひたすら紙に向かっていた。服の構想が溢れ出てくるのだ。それも全てあのアルヴァンデール国王マティアスに着せる想定の服だ。
ヨエルとニーナの人生がかかった大勝負だった。『悪気は無かった』では済まされない。『慎重に行こう』と話していたのにマティアスを目の前にしたらそんな事はすっかり忘れていた。
今後どうするのか、もし王城からお咎めがあった場合、どう立ち回るのか、色々考えることはあるのに、今カイの頭の中はマティアスでいっぱいだった。
あんなに美しい人間が居るのかと衝撃を受けた。
あの金の髪はカイの理想を具現化したような輝きだった。
人形の様だと思った瞳は、涙が零れそうなほど潤むと新緑の深い森のような美しさで吸い込まれそうになった。
あの王様に、いや、王であることなどどうでもいい。あのマティアスと言う人物に自分の作る服を着せたい。
カイは夜更けまで木炭を走らせた続けた。
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