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第二章 思わぬ賓客⑥
「これ全部陛下をイメージして描いてくださったのですか?」
無言でラフ画を見つめるマティアスの横からロッタが覗き込み微笑みながらそう尋ねてきた。
「はい。色は黒をメインに想定しています」
「四日でこんなに。ねぇ陛下、どれも素敵ですね」
マティアスに『服をきっかけに人生を楽しんで欲しい』と言っていたロッタが話を良い方向へ進めようとしてくれている。
当のマティアスはロッタへの相槌もそこそこに何も言わずラフ画を見つめていた。しかしその目は艷やかに輝いているように見える。
マティアスは渡した六枚のラフ画を全て見て、さらにテーブルにも広げた。
そして頰を上気させてカイに視線を向けた。
「……実物が見たくなってきた」
「本当ですか?!」
カイは嬉しさのあまり前のめりで確認してしまった。そんなカイに少し驚きながらもマティアスは柔らかな笑顔を浮かべる。
「陛下、今年の誕生日祝賀会こそは新しいお召し物に致しましょう! こちらにお願いして」
ロッタが透かさずマティアスに提案する。
マティアスは少し困ったように笑った。
「しかし、質素倹約に徹してるのにいきなり高価な衣装を作っては他の貴族に示しがつかないよ」
「陛下、でしたら装飾は極力抑えて堅実に見える形にご提案いたします。実際にご予算もご希望通りになるよう使う生地など調整致しますよ」
カイはマティアスの背中を押すべく、自身の中で最高の笑顔を作り言った。
(さあ、頼む! 決断してくれ!)
ニコニコとしながら心の中では必死に祈っていた。
「ロッタ、どうしよう……」
弟が姉に甘えるようにマティアスはロッタに困ったような笑いを浮かべながら言った。
「陛下、これは決して贅沢品ではございませんよ。必要な物です」
マティアスは「そうかなぁ……」と呟きまたラフ画をめくっている。
ふとカイは思いついた。
「陛下、私たちはこちらに来る時、アールグレーン家当主に生地や小物などの素材を譲り受けて来たのです。本家の倉庫に使われずに仕舞われていた在庫品です。これらを活用すればさらに費用は落とせますよ」
王族どころか貴族にすらする提案ではないが、マティアス自身には良い言い訳になる気がした。
そしてマティアスは決意したようにカイを見た。
「わかった。一度城で検討して予算を伝える。そんな高級品を頼む訳じゃないから期待しないでくれ」
カイの中に喜びが溢れた。
「はいっ! ありがとうございます!」
ヨエルには言えないがもはやカイには売り上げなどどうでも良くなっていた。高価で無くても良いのだ。マティアスに自分の作った服を着てもらいたい。それだけで良かった。
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