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第二章 夏の庭⑤
こんな虫も殺せなさそうな美しい人に、『山賊を倒した』だの『獣を狩った』などと言うべきでは無かった。ここまで親密になって『そんな野蛮なヤツは帰れ!』とでも言われてしまったら……と、カイは焦る。
しかしマティアスはふるふると首を振り口を開いた。
「違う。野蛮だなどとは思ってない。私は戦になれば多くの人を殺める立場にあるのだ。ただ、森で暮らすなど……大変な苦労をしていたのだなと……」
マティアスはまるで身内の事のように親身に感じでくれているようだった。
「森で暮らしをしていたのはほんの少しで、あとは街で日雇いの仕事とか、頼まれ事とか、そんな事をして気ままに暮らしてました」
本当は思い出したくもない辛い思いも多々あったのだが、マティアスにこれ以上悲しそうな顔をさせたくなくてカイは簡単に纏め笑顔を向けた。
「……そうか。そこから何故仕立て屋に?」
マティアスは少しホッとした表情を見せさらに聞いてきた。
「たまたまアールグレーンの店の前を通った時、店先に夜会用のコートが掛けられていて、それがとても美しいと感じました。それでそのままその店に入って雇ってくれと頼んだんです。今考えても唐突過ぎてよく雇ってもらえたなって思うんですけど」
カイは笑いながら言うとマティアスもとても嬉しそうに頷きながら聞いている。
「あの時、思い切って本当に良かったと今実感しています。……こうして貴方に会えたから」
カイはそう言ってマティアスを見つめ、すぐ近くにあったマティアスの右手に自身の左手を重ねた。
「ウィ……」
マティアスが何か言いかけ、言葉を詰まらせた。
潤んだ緑の瞳にカイ自身が映っているのがわかる。それ位近くで見つめ合っていた。
するとマティアスが空いている左手でカイの頬を触れてきた。指先でカイの顎髭を撫でる。そのマティアスの手の感触にカイは胸が高鳴り、温かくなるのを感じた。
その時、
「痛ってっ!」
いきなりマティアスが髭を撫でていたその手で、カイの頬をつねった。
「ふっ、あははは」
そしてまるで悪戯をした少年のように無邪気に笑う。
「へ、陛下……?」
カイは困惑し、つねられた頬を撫でながらマティアスを見つめた。
「ふふ、カイ。そんなに頑張って私を口説かなくてもいいぞ。衣装作りはもう決定したのだから止めたりしない」
全て見透かされているようでカイは言葉に詰まった。しかしカイの想いは『国王御用達』への下心だけではない。あの工房の地下室でのキスは完全にマティアスが王であることを忘れてのものだった。だが、マティアスはきっとあの時の事も、『王が自分に気があると気付いた仕立て屋が、奉仕の気持ちでしたキス』だと思っている可能性が高い。
「マ、マティアス様っ、私はっ!」
弁解しようと口を開くと、マティアスはカイの胸をそっと押し、首を横に振った。
「もっと、友か弟のように接してくれ。その……そなたのその顔で甘いことを言われると、心臓がもたない……」
そう言い、目元を薄紅色に染めるマティアスがあまりに可愛らしくて、カイは言葉を詰まらせ、ただ見つめることしかできなかった。
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