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第二章 疑惑⑥
司祭とクレモラ公爵がサロンから立ち去るのを見送った後、立っていたマティアスが不意に身をかがめた。
「うっ……」
マティアスは低く微かに呻き声を漏らすと、部屋の隅に走りそのまま倒れ込むようにしゃがみ込んだ。
「マティアス様っ?!」
「うっ、ぉぇ……っ」
カイが急ぎその後を追うと、マティアスは布を被った背中を丸め嘔吐した。石造りの床に吐瀉物がビシャビシャと落ちる。
カイはマティアスに駆け寄り、マティアスの髪が汚れないように纏めて持ちながら背中を擦った。
「ルーカス様!」
カイはサロン入口に向かって大声で叫ぶと、ルーカスが顔を覗かせた。そして蹲 るマティアスの姿に気付き、悲鳴に近い声をあげた。
「へっ、陛下!」
「ルーカス様、ロッタ様を呼んできてください」
「は、はい!」
カイがそう指示するとルーカスはバタバタと走って行った。
「す、すまない……こんな……」
マティアスは涙目でカイをチラリと見るとゲホゲホと咳き込んだ。
「とんでもない。まだ出そうですか?」
カイが確認するとマティアスは小さく首を横に振った。それを確認しカイは「失礼」と言ってマティアスを抱き上げた。マティアスが小さく「わっ」と声をあげた。
カイはマティアスをソファまで運び、テーブルに置かれていた水差しからカップに水を注ぎマティアスに渡そうとした。差し出されたその手が小刻みに震えているのに気付き、カイはマティアスにカップを持たせ、その手を包み込むように自身の手を重ねる。その手は驚くほど冷たくなっていた。顔も血の気を無くし真っ白だ。
支えられながらなんとか水を飲むと、マティアスはカイを見た。
「みっともない所を見せた」
マティアスは笑顔を作ってみせたがその顔は今にも泣き出しそうだった。
「……気丈に振舞われて、立派です」
カイはソファの前で膝をつき、マティアスの頬にかかる髪を撫でながら耳にかけてやった。マティアスは微かに頭を横に振ると小さく呟いた。
「じ、自業自得なのだ……。おじい様が逝ってしまわれてから特に一部の貴族からの当りが強くなって……。押さえ込む力も無いし、納得させられる案もない……」
先程の威厳に満ち溢れた若き王とは違い、目の前のマティアスは今にも消えてしまいそうな程弱々しい。
カイは迷いながらも再びマティアスを抱き上げた。
「わっ、なんだ?」
そしてマティアスを抱いたままソファに座った。
夏だと言うのにマティアスの身体は冷え切っている。カイは布を引き寄せマティアスの肌を隠し、力強く抱き締めながら背中や腕を擦った。
「嫌だったらひっぱたいてください」
耳元でそう囁くとマティアスは一瞬驚いた顔をしながらも首を振り、カイの胸に顔を埋めた。そしてグスグスと微かに泣き始めた。
背後でルーカスがロッタとメイド達を連れてサロンに入って来た気配を感じた。
ロッタはテキパキと片付けを指示すると、ソファに近づいて来た。カイが首だけ向けるとロッタはカイに抱き締められ啜り泣くマティアスを見て、カイに会釈だけしその場を離れた。
ロッタにマティアスを任されたカイは、マティアスの気が済むまで抱き締め背中を擦り続けた。
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