134 / 153

第二章 知らない男①

 六日後、マティアスの採寸やり直しの為、カイは再び王城へ向かった。  今回で三回目の訪問。  カイは一人でいつものサロンまで向かうことを許され、城内を歩いていた。  中庭に面した回廊を歩いていた時、中庭に居る二人の人物の会話が耳に入ってきた。 「お若い陛下を助けて頂く為にも、是非ともサムエル殿下には議会へ出席頂きたいのです」 「いや、陛下は私よりずっと優秀だよ?」 「いえいえ、殿下もとても優秀でございます。それにやはりお一人では思想に偏りができてしまいますし……」 「でもなぁ。今年はやっと輝飛竜が卵を産んだんだ。いつ孵るか分からないし、他のことを気にする余裕が無いのだよ」 「ですか、殿下……あっ!」  盗み聞きするつもりは無かった。ただ『陛下』と言う単語が聴こえ、歩みを遅くしてしまっただけの事だった。それだけなのだが、その男に気付かれてしまった。 「き、貴様は! この前の無礼な仕立て屋!」 「クレモラ公爵……先日はどうも……」  相手は顔も見たくないほど憎い相手だが、貴族で公爵。無下にもできずカイは一応会釈し言葉をかけた。 「ん? 知り合いか?」  クレモラ公爵に『サムエル殿下』と呼ばれていた男にはカイは最敬礼で挨拶をした。 「陛下の依頼で参りました。テーラー・アールグレーンのカイと申します」 「へぇ。陛下が服屋を。珍しい」  マティアスと親族だとは思えないのっぺりとしたシンプルな顔立ちのサムエルは、興味深そうにカイを見た。そして何か思い当たったように言った。 「君……、陛下の騎士に似てるね。ひょっとして兄弟かい?」  思いがけない事を言われ、カイは少し驚いた。 「いえ、私は最近フォルシュランドよりこちらへ参りましたので……」 「そうか。よく似てるからてっきり」 (マティアス様の騎士……? ルーカスのことか?)  ルーカスと自分が似てるとはとても思えないが、カイは気になり疑問を口に乗せた。 「陛下の騎士とは、ルーカス様でしょうか?」 「ルーカス? ああ、あの赤毛の子供? 違う違う。陛下には子供の頃からずっと『騎士する』って宣言してた男がいたんだよ。私より少し年上だったかな。ちょうど君くらいの背格好で。流石に髭は伸ばしてはいなかったけど」  カイにとっては全く知らない人物だ。  マティアスとは出会ってまだ日も浅い。カイが知らないマティアスの事など多々あって当然なのだが、底しれぬ不快感を感じた。 「陛下に騎士はいないとお聞きしておりましたが」  動揺を隠しつつさらに踏み込んで聞いてみた。 「ああ、その者は騎士になる前に死んでしまったそうだからね」  クレモラ公爵が横から「そうなんですか?」と会話に入って来た。 「ほら、陛下の成人の儀のすぐの後、城に魔物が襲撃に入ったことがあったじゃないか」 「ああ、北の塔が破壊されて、イーヴァリ陛下が利き腕を失う大怪我をされた事件ですな」 「そうそう。私はその場には居なかったからよく知らないけど、その時に亡くなったらしいよ。その後、陛下はえらく落ち込まれて大変だったとか」  カイは真っ暗な落とし穴に落とされた様な感覚がした。サムエルが何を言っているのか頭の中で何度も反芻し理解しようとする。 「ああ、すなまい。亡くなった者と似ているだなんて不愉快だね」  固まるカイにサムエルが声を掛けた。 「あ、いえ……。陛下がお待ちですので、私はこれで失礼します」  カイは思考が停止して働かない頭をなんとか下げ、その場を立ち去った。  中庭から見える空は先程のまで青空だったにも関わらずどんよりとした雨雲が立ち込め始めていた。

ともだちにシェアしよう!