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第二章 知らない男④
「あーあ、可哀想に。彼、貴方の事が好きなのでしょう?」
カイはわざと意地悪く言った。
「……そんなんじゃ、ないよ」
マティアスは視線を下げて小さく答えた。
「でもいつもの侍らせているじゃないですか。夜伽を命じることもあるのでは?」
その言葉にマティアスはバッと顔を上げカイを睨んだ。
「あの子にそんな事させるかっ」
「ではいつもは誰が貴方を慰めているのです? あのオレンジ髪の兵士ですか? それとも専属の愛妾?」
マティアスが眉を潜め険しい顔でカイを見てくる。その表情には困惑が広がり、そして語気を強めて抗議してきた。
「そんな……己の色欲を晴らす為だけに誰かを寝所に入れたりはしないっ!」
「つまり……、ずっとその死んだ騎士に操を立てているのですね」
カイを見つめる緑の瞳は涙が溢れそうなほど潤み、動揺し、揺れている。
カイは二歩三歩と進みマティアスの目の前に立ち、その赤く染まった頰を撫で顎に指をかけると上を向かせた。
「それなのに、ただ似ていると言うだけで、どこの馬の骨とも分からない男に貴方は抱かれようとしているのですか」
質問の答えがカイにはわかっていた。
マティアスは淋しいのだ。
誰かに甘えたくても甘えられない国王と言う重責。過去に愛した男を未だに想い続け、妃も妾も娶らず、近い肉親ももういない。そんな所に現れた失われた想い人によく似た男。縋りたくなる気持ちは容易に想像できた。
つまりその緑の美しい瞳は、カイを見つめているようで見ておらず過去の男を見ていたのだ。
寛大な心でそれを受け止め、その男の代わりを務めてやればいいのだ。そうすべきなのに、カイにはそれが耐え難かった。カイにとってマティアスはそう割り切れる存在では無くなっていた。
カイはマティアスの腰に両方を回すとそのまま担ぎ上げた。
「わっ」
マティアスが小さく声をあげるが、抗議は無かった。そのまま歩み、マティアスをソファに下ろすとカイは上から覆いかぶさった。
つい六日前に泣くマティアスを抱き締め背中を擦り続けた場所だ。あの時の純粋にマティアスを想う温かな気持ちはもう遠い過去だった。
「顔は似ているのかもしれないが、俺はあんたの騎士じゃない。騎士様はお上品に抱いてくれたんだろうけど、俺はガサツな平民だ。それでもいいんですか? 国王様」
カイはわざと乱暴な言葉で馬鹿にしたような薄笑いすら浮かべて言い放った。拒否されればその方が良いとも何処かで思っていたのかもしれない。
しかしマティアスは緑の瞳を恥ずかしそうに潤ませ、静かに頷いた。
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